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2005-09-20

偉大なモヒカン先輩、山本七平中島義道 偉大なモヒカン先輩、山本七平と中島義道 - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - 偉大なモヒカン先輩、山本七平と中島義道 - モヒカンダイアリー「アップル通信」


 しばらく前からこの二人の本を何冊か読んでいます。すごいトサカのかたがただ。

 あえて二人の違いを挙げてみます。



 共通点は……

 そのほか、まさにその共通点がキモというか、まさにそれが個々で書いているモヒカン族のテーマ。何年も著書の引用だけで更新できるほどのジャストミートなかたがたです。


 とりあえず、これまで読んだ範囲では山本七平の『「空気」の研究』は素晴らしかった。下手な紹介の仕方でこの本に対するマイナスイメージを与えるのがこわいぐらいに、この洞察力は凄い。時事的な話題もほぼこの本からの示唆だけで読み解けるように感じました。

 日本における意志決定、社会的なふるまい、世界観。「空気」だけでなく「水を差す」というときの「水」という存在についてもかなり考え抜かれています。

 実際に読んでくだされば私があれこれ書くまでもないと思うのだけど……。まずはリンクを張っておきます。


「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

rir6rir6 2005/09/21 18:41 >愚直なまでにハンドアックスを身近な人たちに対して振り回し続けるベタな中島義道
というけど
keyword:ハンドアックスの
>物騒に見えるがモヒカン族的には殺意はない。また刺さっても死ぬことはない。
という記述から考えると、中島義道氏が投げてるのは本当にそんなハンドアックスみたいに軽くて害の少ないものなのかちょっと疑問に思う。僕は彼がムラ社会の人間でないというのは確かに同意するれど、しかしだからといってモヒカン族に入るほどクールでドライだとは思えないです。結局彼みたいな奇才は「定義不能」なんじゃないでしょうか?

summercontrailsummercontrail 2005/09/21 22:35 rir6さんはじめまして、お名前は以前から存じ上げています。「ハンドアックス」や「モヒカン族」の語義のとらえ方、それから中島義道の言説の受け止め方によるでしょうね。
 ハンドアックスは「物騒に見える」ので、必ずしも「軽くて害の少ない」とはいえません。ムラ社会に恨みや怒りといった重大な結果を引き起こすこともありえます(私の以外の例で言えば、少し前のmixiでのkusakabeさんの一件など)。
 また、私は数冊著書を読んだだけですが中島義道に「殺意」はないと思っています。彼の怒りは「なんでそんなことをするんだ!」「そんなひどいことをして平気なのか!」という内容が多く、(ムラ社会によく見られるような)人格への罵倒や決めつけ、存在価値を否定するセリフなどは思い当たらないので「刺さっても死ぬことはない」と思います。
 モヒカン族が「クール」かどうかも議論の余地があるでしょう。クールというのが「他人に干渉しない」などという意味だとすれば、モヒカン族はむしろホットだと思います。
 彼は「摩擦が起きるとわかっているのに自分がその場に応じて程度と内容を自在にコントロールしつつ怒りをぶつけ続けるのは、自分のような変わった人間もいるということを示し続けることで、住みやすく風通しのよい社会にするためだ」という趣旨のことをちょろっとどこかで書いていましたが、こうした姿勢はかなりエバンジェリックなモヒカン族と考えてよいのでは。
 なあなあで終わらせず、差異を見つめて殺伐とした議論を続けようとする彼の姿勢は、モヒカン族キーワード「モヒカン宣言」や「モヒカン族」に照らせばモヒカン族の範疇に入れて良いと思います。
 ただ、rir6さんがおっしゃる問題意識は私もある程度共有しているように思います。以下放談になりますが、(たとえばクリスチャンである山本七平と違って)中島義道はムラ社会の「日本教」から独立した世界観・価値体系を確立しきっていないからかもしれません。また、中島義道は(尾崎豊に代表されるような)ある種のありがちなアンチヒーローとして、ムラ社会のガス抜きとして消化されるだけに終わりかねない危険もあります。私はそういうアンチヒーロー気どりの偽悪的・露悪的な装いは大嫌いですが、中島は違うとみています。
 なお私は全ての人をモヒカン族とムラ人に分けてはいませんが、日本社会に暮らす人を大きく分類する場合、日本社会の伝統的な価値観≒日本教との接し方は一つの重要なメルクマールになるでしょうね。そして日本教とムラ社会的価値観はかなり重なり合うと思います。

ゲスト



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