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     夏のひこうき雲のsummercontrail(略して左近)が書いています。

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2008-05-25

宗教的、倫理的判断とは 宗教的、倫理的判断とは - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - 宗教的、倫理的判断とは - モヒカンダイアリー「アップル通信」

 umetenさんがはてなブックマーク - テンノーゲームの「沈黙」 / 2008年05月24日で、映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲へのはてなブックマークコメントとして、

[映画][社会][自殺問題][アウトサイダー問題][身体と精神][宗教][批評]「善意が人を殺す」というのを自ら証明している批評。/<自殺を念じるまでに至った人間>に、「我執」、すなわち悪だという宗教的、倫理的判断を下して、「二重に殺している」時点で駄目。

はてなブックマーク - テンノーゲームの「沈黙」 / 2008年05月24日

 と書かれていました。

 私は自分が<自殺を念じるまでに至った人間>を「二重に殺している」とはぜんぜん思わないのだけど、せっかくなのでumetenさんにもう少し詳しく説明していただければありがたく思います。

 ちなみに、「その人の命はその人の所有物で、どう処分しようと自由」とお思いだとしたら、それも特定の宗教的、倫理的判断だと思います。

 少なくとも日本の現行法では、真摯な明示的承諾があっても、承諾殺人罪にはなるし、自殺幇助罪というものがありますから、命というのがその人の可処分な権利・利益とはとらえられていません。

 そこから考えると、一応倫理的判断を捨象した社会のルールとしては「命というのは本人が自由に傷つけていいものではない」と考えるのが筋ではないかと思います。

 さらにさかのぼった話をするのなら、どのような立場をとるのであれ、それは自分なりの特定の宗教的・倫理的判断にならざるを得ません。


 それからこうした問題についてはまず専門家に傾聴するべきだと思うのだけど、

私はまた、エリザベス・キューブラ・ロスの『死ぬ瞬間の対話』の以下の箇所も連想した。端的には、質問124番目(昭和55年の版で91頁)のところ。

映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲

 以下はお読みになったのだろうかといぶかしく思いました。


 付け加えると、〈良いこと・悪いこと〉という基準以外に、〈そのことについてその人を非難できるか〉という基準が別個に存在しうることにも留意していただければと思います。悪いことかどうか、ということと、その人を非難できるかどうか、ということは違います。「違法性」と「責任」というキーワードが思考の整理には有用です。

 私は等の映画の中の自殺を、悪いことだとはしていますが、非難できないということを前提にしています。

結論を急ぐ。

映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲

 以下を読み返してみてください。


 umetenさんのこころ世代のテンノーゲームは以前から拝読していて、umetenさんのだいたいの問題意識は理解しているし共感できるつもりですが、今回の私の記事へのご批判は見当外れだと思います。

[映画][社会][自殺問題][アウトサイダー問題][身体と精神][宗教][批評]「善意が人を殺す」というのを自ら証明している批評。/<自殺を念じるまでに至った人間>に、「我執」、すなわち悪だという宗教的、倫理的判断を下して、「二重に殺している」時点で駄目。

はてなブックマーク - テンノーゲームの「沈黙」 / 2008年05月24日

 まず、確認しておきたいのですが、私は人を殺していません。刺激的で度を超えた表現は、その表現を用いた人の正確な認識そのものを歪め、曇らせます。

 映画の中で本人を殺したのは、善意ではなく、〈社会的に有用な人間、能力の優れた人間でなければ生きている意味がない〉というドグマによる、自分という人間に対する究極の蔑視です。それはむしろ本人に向けられた悪意です。

 念のために書いておきますが、〈善意に基づく行動なら、それだけで立派な行動だ〉というわけではもちろんありません。しかし他方で、善意こそが諸悪の根源というのも一面的な見方にすぎません。単なる悪意も世の中にたくさん転がっていて、実際に大勢の人を殺しています。

 重要なのは、悪意に基づく行為であれ、善意に基づく行為であれ、それが何をもたらすか?ではありませんか。


 私の記事は、自分の社会的な価値や能力の低さに悩み自殺を考える人に対して、

 自分の置かれている環境ゆえに自分を無価値だと呪い、楽しくないとつぶやき、死んだ方がいいと思いつめる人は、同じ状況にある人すべてに「無価値な存在で、つまらない生活を送っており、死んだ方がいい」という烙印を押している。そのように自分と他人を裁くだけの知性と能力と権威を持った人は、どこにもいない。

 自分という存在が他人から高く評価されないだとか、自分の思い通りにできないという理由で、自分という人間を殺すという行動。何かを思い通りにできないからといって、その思い通りにならない相手を怒りによって殺すという発想。そうした行動や発想は、「他ならぬ自分については自分がどのように粗末に扱ってもいい」という考えを前提としている点で、まったく不当だと思う。

 マタイによる福音書19章19節には、「隣の人を自分のように愛せよ」という"神の"が紹介されている*1。自分のことも隣の人のように愛しなければならない。

映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲

 と伝えることで、自殺を思いとどまらせる効果をも願って書きました。

 自分の考えが間違っていると言われれば不快に思う人もいるかもしれませんが、死ぬよりはましでしょう。

 人間は無力でも、社会的にも地位が低くても、ダメ人間でも、他人に迷惑をかけていても、それでも生きていていいのです。これは私の、個人的な、しかしかたい信念です。

 そうは思わないという人は、世界中の無力な大勢の人に対して「役立たずは死ね」と言っているのと同じです。

 umetenさんはどうお考えですか。

 自分の考えを批判されないことの方が自分の命より大事だと思う人については、私が映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲で引用したエリザベス・キューブラ・ロスの分析が部分的に当てはまるのだろうと思います。

stepstepsstepsteps2009/12/14 15:42こんにちは。
このブログは多くの点で共感できる良いブログです。
僕もモヒカン族の一人としてやっていける自信ができました。

今回のエントリー記事なのですが、素面な人が自殺をとどまるための予防線としては良いと思います。あくまで方法論的論理で。しかし「本気で」死にたい人に対する論理としては、つまり臨床的論理としては、無価値です。

自殺は哀しいかな、我執そのものです。それを「知ったうえで」どう扱うかが問われているのです。今まさに自殺を試みる人は「他の役立たず」は生きていようと死んでいようとどうでもよいのであって、「今まさにここにいる我という役立たず」を今まさにどうしてやろうか、という話を、今まさに解決しなければなりません。

自殺したい人は本当は自分のことを愛したいんですが、それができないので自暴自棄になって死にたいのですから、左近さんの言うことはブログ上の文字列としてはもっともですが、残念ながらそれでは愛する人を止められないでしょう。

自殺を思いつめる場合は多くの場合精神を病んでしまっています。無理にでも精神科に引っ張り込んでとりあえず心が健康で冷静な状態に戻すのが有効かと思います。そうすれば論理的な話も少しは頭に入るかもしれませんし、このエントリーが役に立つかもしれません。

summercontrailsummercontrail2009/12/14 21:05stepstepsさんはじめまして、おほめいただいてありがとうございます。モヒカンぶりはほどほどがいいみたいですよ。

「無理にでも精神科に引っ張り込んでとりあえず心が健康で冷静な状態に戻す」ということですが、それができる関係であれば、そうかもしれません。
stepstepsさんもそうされることでしょう。
 ただ、「無理にでも精神科に引っ張り込」むことが許される間柄というのはかなり限られているでしょうね。また、「心が健康で冷静な状態に戻す」というのは実際には困難なことではないかと思っています。さらに、「戻す」プロセスにおいても薬物投与以外に有益なものとして、「認知療法」についてもWikipedia等で調べてみてください。アルバート・エリスという人の本はなかなかよかったです。

 病状の重さや判断力、行動制御能力の程度には、stepstepsさんのおっしゃる「素面」と「「本気で」死にたい人」の間にいくつかの段階があります。自殺を考えていても、人の話を聞いたりネットの文章を読んで内容を理解できるぐらいの人もいるでしょう。そういう人に、
>人間は無力でも、社会的にも地位が低くても、ダメ人間でも、他人に迷惑をかけていても、それでも生きていていい
 という考えが届けば、それだけである程度は自殺の抑止に役立つと考えています。机上の空論としてでなくそれこそ臨床的な経験から言うのですが、自殺念慮に襲われたとき、(これはただの我執だ)(私の現在の無力感にもかかわらず、私の命は、他人の命と同じように貴い)と思えれば、ある程度は、その感情を客観的に見つめ、その感情に流されないでいられます。
 これは別に論理的な話ではなく、何に価値を置くかということです。

>自殺したい人は本当は自分のことを愛したいんですが、それができないので自暴自棄になって死にたいのですから、左近さんの言うことはブログ上の文字列としてはもっともですが、残念ながらそれでは愛する人を止められないでしょう。

 厳密に言えば、私は「自殺したい人は本当は自分のことを愛したいんですが、それができないので自暴自棄になって死にたいのです」とは思わないんですよ。揚げ足とりだと思わないでくださいね。「愛せなくなるから自暴自棄になる」というのなら、それは元々自分を愛していなかったのです。愛というのは、愛する相手の能力や状態には関係ありません。

>残念ながらそれでは愛する人を止められないでしょう。

 死なないでほしいという思いと相手の人格の尊重の間で、では実際の場面でならどう行動するか、stepstepsさんの表現で言えば「臨床的論理」については、
映画「ミリオンダラー・ベイビー」はよくできたダメな映画だと思う - 夏のひこうき雲
http://d.hatena.ne.jp/summercontrail/20060820/mdollerbaby

> では仮に、私の身近な人がヒラリー・スワンクの演じたような立場にいて、自殺を強く訴え失敗していたらどうするか。
 以下に書きました。「ヒラリー・スワンクの演じたような立場」というのは、既に自殺を試みた患者として病院で看護されている立場のことですから、相手がメディカルケアを受けていることを前提としています。

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2008-04-14

差別的語彙の禁止が憲法違反かどうか 差別的語彙の禁止が憲法違反かどうか - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - 差別的語彙の禁止が憲法違反かどうか - モヒカンダイアリー「アップル通信」

 realisteさんの2008/04/13 00:27のコメントにお返事します。

 realisteさん、こんばんは。念のため書いておきますが、私とrealisteさんの考えが違う点があるからといって、非難や侮蔑ととらないでください。

 引用の形式が統一されていなかったり、ちょっと雑なお返事になっていますが、この程度でご勘弁を。


1

 realisteさんのコメントの段落「1」ですが、

>基準がなければ裁判所の憲法判断が恣意に流れ、人権侵害が容易になるため問題となる。

 の部分はちょっと違うのかなと思います。裁判所の憲法判断もそれなりのなんらかの基準を根拠として挙げて立論されているので、基準の有無ではなく、どのような基準を用いるのが妥当なのかという中身の問題として検討すべきです。(細かいようですが、憲法81条からわかるように、憲法は、立法権や行政権による人権侵害に対して、裁判所が否を発する権限を認めたものです。)

 裁判所の憲法判断が「恣意」に流れることは、それ自体不当な事態ですが、「人権侵害が容易になる」ということと必ずしも理論的につながる話ではありません。裁判所の判断が恣意に流れた結果、逆に行政権や立法権に対して牽制しすぎるという事態だって想定しうるのですから。(仮に、最高裁が人権侵害に対して甘いという現状を出発点とするなら、そもそも合憲性判定基準が「ない」という事態を想定する必要はないと思います。)


2

 で、realisteさんのコメントの段落「2」ですが、(2)まではその通りだと思います。(判例の引用が正確かどうかこちらで確認していませんが、たしかに判例はそのようなことを言っていると記憶していますし、そのような判例の基準は妥当ではないと私も思います。)

 realisteさんは、「私見」として2(3)で、

社会通念上、自己実現および自己統治にとって客観的に無価値であり、また、当該表現を規制しても萎縮につながらないような場合

 かどうかを、合憲性判定基準とすべきだと主張されています。ここで議論はループです。

 私としては、ある人の自己実現にとってある表現が無価値かどうかを、他人が客観的に判定できるとは思わないのですよ。たとえば子供が卑猥な言葉や排泄物の名称を連呼したりする。それは〈子供の成長過程で不可欠とはいわないまでも、むやみに抑圧したりすれば人格形成過程で悪い影響を及ぼす〉という意味では、自己実現にとって価値のある表現です。そして、成人年齢に達している人にとっても、そういう表現はあり得る。

 私は既にこの一連の話題に関する最初のコメントでこう述べました。

 表現の自由が保障されるべきというとき、その「表現」内容についての価値判断は先行しません。つまり、表現の自由で保障される「表現」に、範囲の限定はありません。たとえば、(一般には価値がないとか低いと判断されがちな)わいせつ表現や営利的言論についても、一応の保障は及ぶとした上で、その制約が憲法違反かどうかという枠組みでとらえるのが今でも有力な考え方のはずです。

 なぜかといえば、国家や社会が表現の価値を判定して保障されるべき表現のみを保障するというのでは、保障の意味をなさないからです。他人からは愚かだとか有害と評価されうる言論も、あくまで憲法的保障の下にはあり、他の人権(や憲法的価値)との調整の観点から制約を受けるのみと考えるのが伝統的理解では。おそらくこれでrealisteさんの「疑問」は解けるのではありませんか。つまり、悪質な語彙の使用の自由であっても一応は表現の自由という「客観的利益」としてとらえられているのですよ。

 国家の自己統治、つまり民主的な意思形成の過程においても、できるだけ多様な事柄についての多様な意見や指摘があった方が、より正確な事実認識に基づいた、より妥当な国家意思が形成できます。その意味では、わいせつ表現でさえ、(そのような表現を望む者がそのような人数存在することを把握することができるので)より実態に即した国家意思を形成できるという意味で、なお価値が認められます。

 別の言い方をするなら、(広義の)性的な自己実現というのは、人間も生物である以上、個人にとって性別を問わず重大な課題ですから、わいせつ表現も当然自己実現にとって少なくとも主観的には重大な価値を持ちますし、客観的にその意味を否定するというだけの根拠はありません。否定されるとしてもあくまで他の法益との関係でなされるべきです。

 コメントを最後にいただいた記事、「よりよい言論」を誰が判断するか、誰が強制できるか、そのほか - モヒカンダイアリー「アップル通信」 - モヒカン族でも以下のように書きました。

 realisteさんのいうように、表現内容の客観的な価値は、実際には優劣が存在すると思います。ただ、それを私やrealisteさんといった、時代に拘束された生身の人間が事前に客観的に判定できるものではないし、ましてそれを強制すべきものでもないというのが私の考えです。以下の文章に近い考えです。

 「以下の文章」も含めて再読されることを希望します。


 なお、「萎縮につながらないような場合」には、萎縮的効果は生じないので、そういう弊害はありません。この点はおっしゃるとおりです。


 表現の自由についてどのような合憲性判定基準をとるべきかについての私の考えとしては、

>なお、一般に合憲性を判定する際には、目的だけでなく制約の具体的な「手段」が決定的に重要になってきます(これは社会国家的公共の福祉としての制約の合憲性を検討する場合も同じです)。

>「この手段が、その目的のために本当に必要か」「その目的のために必要な範囲に限定された手段といえるか」などが検討されることになります。

 と記事本文でラフに書きました。枠組みとしては、青少年のネット規制法、「目的は正当でも手段が大まかすぎる」--東大教授が苦言:ニュース - CNET Japanで述べられている長谷部恭男東大教授の考えに近いです。

 それ以前に、表現に対して内容に着目した事前規制ということなら、そもそも憲法21条2項で禁止されている「検閲」にあたるかどうかも検討しなければならないことになってきますが、ここでは省略しましょう。


3

 realisteさんのコメントの段落「3」では、realisteさんの合憲性判定基準にしたがって検討がなされ、「差別表現に当たる一定範囲の語彙の使用禁止」が憲法に反しないという結論が述べられています。一定範囲の語彙の使用禁止は、(ナチスを賛美する行為などについて)ヨーロッパではあるようですし、差別表現についても結論として合憲という考え方は、十分あり得ると思います。具体的に明示され限定されていれば、たしかにそれ以外の表現について萎縮的効果は生じないでしょう。

 ただ、差別表現の対象とされる個人の、名誉、ひいては個人の尊厳が害されないためという(表現の自由を制約する)目的は憲法上必要不可欠であって是認されるとしても、その目的を達成するための手段が、目的を達成する上であまり実効性がないと思うんですよ。

 差別表現というのは、禁止されると次から次へと発明されていきます。婉曲表現、暗喩、仲間内での符丁、ひどいものです。しかし、そうした表現をどんどんと新たに「差別的語彙」と認定していけば、自由な表現というのはもう望むべくもありません。筒井康隆が〈未来には、「馬鹿」ではなく「頭の不自由な人」、「デブ」ではなく「体重の管理が不自由な人」としか呼んではいけないことになっており、未来人が20世紀の文献を発見しても全く意味が分からない〉というような設定の小説を書いていました。


4

 人格を内心で否定しないために、意見に表立って反対するという技術で紹介した、極東ブログ: 英国人デビッド・アービングがオーストリアで逮捕には、米国エモリー大学デボラ・リップスタット教授の言葉が引用され、

憎悪あふれる彼の発言に誠実さで対抗した。彼の言い分がすべてナンセンスであることを法廷で立証した。

 とか、

法で規制するより、事実と調査を突きつけて嘘つきや人種差別主義者を追い込むべきだ。

 など、言論の自由を死守しつつ言論でもって対抗しようという強い信念が現れています。私も、基本線としてそうあるべきだろうと思っています。極東ブログ: 英国人デビッド・アービングがオーストリアで逮捕はまさに差別的言論についての記事ともいえるので、もしまだならお読みになるとご参考になるかと思います。

 ただ、差別の対象となる個々人に、差別的表現がぶつけられるたびに言論での対抗を求めるのはあまりに酷なので、法で規制すべきという問題意識はわからないではありません。


 学校であれ、社会であれ、いじめや差別に対しては、わたしやあなたが、加害者や被害者に対して、人格的に関わり合って介入していくのがとりあえずの対処ではないかと思っています。どういうことかというと、たとえばですよ、たとえば加害者に対しては「馬鹿野郎、そんなことするなよ!」と真剣に怒り、被害者に対して「すぐに止めてやれなくてごめんな」と謝る。これはごく単純な対応を挙げたまでですが、一定の集団のなかで差別やいじめが行われるなら、周囲がその差別やいじめを制止するための対応をすべきです。基本的にはその場にいて見聞きする立場にいる周囲の人に、そうした対応をする責任があります。

 仮に周囲に知られないような形で陰湿な攻撃がされたなら、そういう行為はたいていは民法や刑法に反していますから、被害者としては警察に届け出ることが可能です(ただ、現実には警察はあまり力にならない場合が多いでしょう。警察官にはひどいのがけっこういますし、システムとしてもどうかと思うほころびがあります。法で規制しても実効性があまり期待できないと私が思っているのは、警察の問題もあります。)

 ただ、自分がその場にいたり、見聞きしていても、力関係や、どこまで介入していいのかというためらいから、十分には関与できないこともあります。無念ですね。毎度くどいようですが、私はその無念さをrealisteさんと共有しているつもりです。

realisterealiste2008/04/15 05:59私は何が真理かにしか興味がないので余計な修辞には腹が立ちます。自分のためにやっているのだと思うとなおさらです。慇懃無礼なのでやめてもらいたい。ぐだぐだ言ってないで真理だけ書けばよい。

realisterealiste2008/04/15 06:02言い訳なのが見え透いています。第一、マスコミを使って抑圧すればいいだけのこと。あんたらがもってる手法なら簡単だろ。差別表現をする風潮なんていつでも潰せるんだよ。差別表現をする奴はダサいとかなんとか繰り返し繰り返し流しとけば、符丁も暗喩も出てこない。
要は考え方の問題なんだよ。くだらねえ言い訳すんなつまらん。

summercontrailsummercontrail2008/04/15 07:04 realisteさん、おはようございます。
 私はrealisteさんのある感性や主張についてはまったく共感できません。だから、慇懃なのをやめるとただの無礼に陥りかねません。あなたとの対話を少しでも成功させるための"慇懃プレイ"とご理解ください。
 私がここでいう対話の成功とは、〈個々の論点についての主張を突き合わせて検討し、より妥当な結論に到達しようという試みが成立すること〉です。
 realisteさんは、ご自分が客観的な価値を把握できるという前提に立ち、
>これが経済と同様に表現についても当てはまることは直感的に明らかであり、この直感を覆していない以上、説得力は皆無です。
 などと、ご自分の直感のみを根拠とした主張を繰り返しています。そういう人が他にいたとして、realisteさんは、そういう人と対話が成功すると思いますか?
 realisteさんと私の直感の内容はまったく異なりますから、なんら説得的な根拠とはなりません。私の属性についてのrealisteさんの推測も、「客観的に」異なっていることを私は知っています。realisteさんの属性について、私なりに推測は働きますが、その推測に基づいて攻撃することは控えています。
 「何が真理か」について興味がありますか? ならば真理に対して謙虚になることです。そのためには、自分の直感をも疑ってみることです。デカルトのように(Wikipediaで「ルネ・デカルト」を検索すれば彼の方法がより詳細に掲載されています)。あなたがよく言う、中世の清貧な教会社会のパラダイムを背景として生まれた思想ですから、受容れられるはずです。

 私は皮肉は言いたくありません。だから、realisteさんは他人に対して何らかの批判をする前に、その批判がむしろご自分に当てはまっていないかどうか、毎回ちょっと考えて欲しいなと思います。今回のように、相手の考えに対しなんら応答せずに「くだらねえ言い訳」と罵るのは、それ自体が、realisteさんが私に対して説得的な反論ができないことの「くだらねえ言い訳」であり「逃げ」として機能しています。
 realisteさんもある一定の年齢には達しているのでしょうから、 甘やかすのもどうかと思います。慇懃プレイを超えて正面から相手して欲しいなら、あまり駄々をこねないことです。あなたのために私はもう十分に個人的なリソースを割きました。私が「支配者」なら、こんな手間はかけませんよ。そして、これ以上他人にリソースを割いて欲しいなら、礼儀を保つことです。感謝を知らない、無礼な、見知らぬ人に対して、親切に相手をし続ける人は、ただのお人好しな馬鹿です。それはむしろ相手に不親切です。私はあなたのためにももっと冷たい人になるべきなのでしょうね。
 次に何かお返事するとしても、1ヶ月ちょっと間を置きます。(真理に対して謙虚になるためのヒントをもう一つ書いておきます。永遠に対する感覚を持つことです。この1ヶ月ちょっとは、私やrealisteさんの一生に比べればほんの一瞬です。個人の尊厳や表現の自由の価値に比べればまったく軽いものです。)

realisterealiste2008/04/15 07:43あんたうちのブログ読んでるの?そもそもその文体からして自己欺瞞なのがわからんのかね。うそくさいんだよ。あと自分が大人だと思うのは止めろ。お前は役割を演じているだけだ。中身は中学生だろうが。自覚しろ。

realisterealiste2008/04/15 07:45俺のブログに書いてあることを100回読むこと。もはやくだらない欺瞞は通用しないのだから。

summercontrailsummercontrail2008/06/05 21:27 realisteさん、こんばんは。私のコメントに対して、

>お前は真理を述べず、自分に都合のいいことを嘘で飾っているだけな上に、偏見に満ちており、典型的な詭弁家だな。
>
>
>言っておくが俺は社会類型にはコントロールされない生き方をしてきたため、俺の意見や文体でおれの属性を推測すると言う思考が的外れだと述べておこう。
>
>
>
>攻撃されているのは詭弁を使おうとするお前の性根だと思え。

 とrealisteさんがおっしゃるのはかまいません。いつもながら根拠も挙げずにそのような人格非難的なコメントをすること自体、あなた自身の能力や態度に対する評価の手がかりになるわけですし。ここではこのブログの性質上、ややきつい表現であっても許容するつもりです。
 しかし、〈realisteさんからみて「詭弁家」かどうか〉と、〈相手の命の価値や、生存を続けるべきかどうか〉を結びつけるようなお考えは、まったく間違っています。まったく不当です。そのような不当な価値観を前提としたお考えを、私のブログのコメント欄を使ってまき散らすことは許しません。
 realisteさんは個人の尊厳の観点から表現の自由を禁圧すべきと主張していながら、個人の尊厳というものを全く理解していません。

 個人の尊厳というのは、言動や能力などについて他の人からどのような評価を受けているかにかかわらず、人は人であるというだけでそれにふさわしく敬意を払われ、尊重されるべきだということです。

 というわけで、2008/04/15 07:56のrealisteさんのコメントを削除します。「典型的な詭弁家だな」の後に書かれていた15文字が理由です。その他の部分は上記に引用して残しておきます。

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ArnesthaArnestha2013/07/13 10:25It was dark when I woke. This is a ray of suhsinne. http://udwanep.com [url=http://gdwbxt.com]gdwbxt[/url] [link=http://mohcrbpm.com]mohcrbpm[/link]

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TarynTaryn2013/07/15 07:12<a href="http://dntsgpxiuc.com">The'ers</a> nothing like the relief of finding what you're looking for.

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2008-03-31

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http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080331#cから。

realiste 2008/03/31 19:49 昨今のわが国の非理性ぶり(インターネット上の情報がその典型)は腹立たしいことこの上ないのですが、finalventさんはどのように思われますか。法に現れている中庸や自制の精神が雲散霧消していると思うのですが。

finalvent 2008/03/31 22:28 realisteさん、ども。なんかお答えすると嫌がられそうだけど、まあ、ズバット惨状、ズバット怪傑、で言うと、(1)カネの貰えない情報はゴミ、(2)有能な人・理性的な人はポジション死守でポジショントークしかしないよ。

 とはいえ、最近の司法はそれなりに頑張っていると思うけど。まじめにやりすぎて、街金潰してしまったけど。

realiste 2008/03/31 23:01 要するに日本人の民族性がクズ同然ということに帰着しそうなのですが。そもそもこれだけ豊かになり安定した社会になったのに、憲法に書いてあること(個人の尊厳)を実現しようという気がないでしょう。あれは掲げておいて、本当は別のことがしたいんですよ。一言で言えば、おいしきゃええやん、という観念。モノが溢れ、カネが回ればそれでいい、といのが日本人のすべてじゃないですか。

私が日本を好きなように動かせる立場になったら、今すぐにでも中庸を得させる社会にしますが。

realiste 2008/03/31 23:26 大人どもはいろいろ合理的な理由付けしてますが要するに政治的に低俗なんですよ日本人は。理想理念目指してる政治家がいませんし。結局民族性の本質の問題。存在がまったく変わっておりません。

俺や又吉イエスみたいな政治的に高邁な人間が全権をとって、法に基づき、ファシズム的に国を統一するのが一番なんですよ。本当に今の日本はくだらない。賢いとでも思ってるんですかね。ただいろんなもん味噌糞に利用してあいまいなまま前進しているようにしかみえません。国辱的、ひ弱、発言力なし、エネルギーなし、受動的。どうしようもない。気合入れなおせといいたい。

 新渡戸稲造的に言えば「ここだな」というところでしょうか。

 ネットに限らず、この種の心理的コストをなぜそこまで自分が払わなければならないのか、疑問に思うときが多々あります。そういう立場にいるわけではないし、そういう克己心とかの能力が高いわけでもない。

 私の表現の仕方も(発端のコメントからして)悪いんだろうけど、ある部分について、あえて、かなり、言葉足らずにしている意味は伝わらないもんなんだなあというか。この記事もたぶん。

BertieorBirdieBertieorBirdie2011/08/06 21:40AFAICT you've covered all the bases with this anwser!

GracelandGraceland2012/12/15 22:53You've relaly impressed me with that answer!

bnezbostbnezbost2012/12/19 01:09frJErc <a href="http://hkpjzagolnfp.com/">hkpjzagolnfp</a>

wgybrzyemsqwgybrzyemsq2012/12/21 07:28IVDhZE , [url=http://fzbtmuwmtfpt.com/]fzbtmuwmtfpt[/url], [link=http://subjjlvjcems.com/]subjjlvjcems[/link], http://zhuotaennpcf.com/

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