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     夏のひこうき雲のsummercontrail(略して左近)が書いています。

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2005-11-11

バカっていったら自分がバカ」ループに陥らない方法 「バカっていったら自分がバカ」ループに陥らない方法 - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「バカっていったら自分がバカ」ループに陥らない方法 - モヒカンダイアリー「アップル通信」


「論点を議論の内容でなく主張者の資質の問題にすり替えるのは、問題解決のうえで賢明な手法とはいえません」

 と言う。あるいは、

「相手の意見に反論せずに、とくだん話題になっていない相手の属性や知性の程度について言及し否定的な評価を加えるのは、相手の意見に反論できない代わりになんとか相手を貶めようとしている態度と見られても仕方ない。それは、議論を相互理解や問題解決の手法ではなく喧嘩としてとらえている姿勢の現れといえてしまう」

 と言う。

「そもそも個々の話題についての意見や事実認識と発言主体の人格や知性の程度そのものをダイレクトに結びつけるのは、やや勇み足ではないか」

 と言ってもいい。


 別の観点から書くと、

「誰々はバカだ」「誰々は頭がいい」「誰々は頭がいいと思っている」「誰々はバカのふりをして姥皮をかぶっている」

 といった事柄を議論の俎上にのせるのはたいへん不毛だ。

 「自分はバカだ」と言うのも「自分はバカではない」と言うのもたいへん不毛だ。

 同じように「自分は頭がいい」というのも「自分は頭が良くない」と言うのも不毛だ。

 こうした事柄はまったく議論に向かないし、深く考えて正解を探るべきことでもない。また、常に平均値や「正常値」を基準としてしかバカとか頭がいいとは言えないため、他人を基準として判断することしかできなくなる。

 しかもその問いかけに答えてしまうと、自意識過剰というレッテルがみごと月桂冠のように与えられる。

 個々人の問いかけに誠実に答えるというモヒカン族的メンタリティは、「ギャラリーの視線や空気に過敏になっている」という、ムラ社会において嘲笑されるべき状態として理解される。

 のみならず、個々人の問いかけにきちんと答えたことで、問いかけた人を困らせてしまい、「無神経な人」というような勲章も与えられる。


 モヒカン宣言発言者の社会的地位を気にせず、言説だけに注目するというくだりがあるが、ムラ社会では社会的序列が重要な行動規範として機能する。内的倫理規範が機能しないので外部的な道徳が重要となる。

 サル山でオスザルたちには厳格な序列があり、その序列を守らないと厳しい村八分的状態があると言われるようなことと同じことかもしれない*1

 その序列を守っていないように見える人がいると、「思い上がりやがって」という憎しみが募る。

 だが近代社会では、タテマエ上は皆平等であり、序列を守らないことが理由で社会的制裁を加えるということは表向きは認められていないので、その憎しみは陰湿な形をとる。

 サルたちはそれぞれ序列を守って毛づくろいをしあうことが波風を立てずに、また傷つかずにサル山で生きていくために必要となる。

 そのルールに対して自らも息苦しさを感じているが故に、ルールを守っていないように見える者、姥皮をかぶっていない者に対しては、「自分だけ楽しやがって」とふだんの苦しさが恨みとなって爆発する。

 だが、ルールをことさらに無視して振る舞っているように見える者に対しては、ムラ人はむしろ喝采を送る場合が多い。

 社会的序列をことさらに無視する言動によって、社会的序列の頂点にいるように見えるためかもしれない。

 あるいは〈社会的序列を無視するとコストが高いのにあえてそのような言動をとっているということは、精神的肉体的にタフであり、個体として優れているであろう〉という色眼鏡をかけるのかもしれない。同じことかな。

 実際には、そうした多くの人々の色眼鏡のおかげで、ことさらにルールを無視する言動というのは、タフでなくても意外と戦略的に有利な手法といえる。

 いわゆる「突っ張っている」という状態ですね。

*1:ただし最近のサルの研究ではそうでもないようなのだが

mahitomahito2005/12/30 01:16あまり根拠は無いが一応言っとくと、言説には感情は伴わないのか、感情を伴わなくするので皆さん殺伐と仰るのか。しかし確かにその場の感情にのみ囚われていると校正(更生)の機会を逸することにもなりかねない。がしかし、わたくしは反米でもなければ保守でもない。戦争観は、基本的に大岡昇平的であるが。まあ此処に記すには簡単に言いすぎかもしれなくて誤解を生みやすいかもしれないが。それよりわたくし個人への(とその時感じてしまった、というより自分のこととして考えるべきかも知れないが)批判は、批判されるべきところは甘んじて受けねばならない。校正したいですからね。これはムラ社会的か?

summercontrailsummercontrail2005/12/31 01:54mahitoさんこんばんは、(おそらく)はじめまして。すみません、お返事遅くなってしまいました。
 いただいたコメントの一文一文の意味は理解できるのですが、私の上記記事へのコメントとしてどのような趣旨か、わかりませんでした。それはそれとして、
>批判されるべきところは甘んじて受けねばならない。校正したいですからね。
 同感です、私も批判されるべきところは甘んじて受けたいと思っています(感情的で根拠を挙げないただの人格非難の場合には「校正」に役立てられないし、対応に困りますが)。
>これはムラ社会的か?
 いえ、必要な批判をきちんと本人に伝える姿勢や、それを望む姿勢は、和を重んじるムラ社会とはむしろなじまないと思います。

MahitoMahito2006/01/01 02:54Summerucontrailさんお返事ありがとうございます。こちらにコメントするのは初めてです。宜しくお願いします。それで分らない用語などをクリックしてみたら、ついそこまで言及してしまったのです。ですからご明察のとおり本題は最後の二行です。まだモヒカン族的属性を自分の中で明確にしていないこともあって・・・突然あなたはモヒカン族です、という栄誉(?)を頂き、それからかなり時間がたっていたにもかかわらずこういう世界は先日知ったばかりなのです。遅ればせながら宜しく。

summercontrailsummercontrail2006/01/01 23:03Mahitoさんこんばんは、こちらこそよろしくお願いします。summercontrailを略して「左近」とも名乗っているので、入力がご面倒なときなどそう呼んでくださってもかまいません。
 「モヒカン族」についてはhttp://mohican.g.hatena.ne.jp/からご覧になるとおわかりかと思いますが、多くの人がさまざまな考察を加えていておもしろいです。
 また、「モヒカン族」に関する言及http://mohican.g.hatena.ne.jp/bbs/2を読むとよくわかりますが、「モヒカン族」という言葉の意味にはかなり人によって幅があるようですね。ご参考までにお知らせしておきます。

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