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     夏のひこうき雲のsummercontrail(略して左近)が書いています。

はてなポイントで投げ銭投げ銭リンク設置について

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2005-11-06

ブログの指針のご紹介 ブログの指針のご紹介 - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - ブログの指針のご紹介 - モヒカンダイアリー「アップル通信」


 このはてなグループモヒカン族の「モヒカン宣言」もたいへん優れた、「ネタ」にとどまらない姿勢を掲げていると思う。

 ここではまた別の表現でもって姿勢の表明をなさっているページをご紹介したい。


1

 http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/aboutの中ほどから、「swan_slabのブログ言論ドクトリン」。

 これ、以前からずっと気にとめて、見習わせていただいています。

 どれかを抜き出して引用というのが難しいのでぜひリンク先をお読みください。たとえば

相手方のブログ空間にパブリックとプライバシーの微妙な半影ゾーンを持っているかどうかを適切に認識するよう努力する。

 これは(自称)モヒカン族ならばこう心がけることで、下の記事(「無断リンク禁止」の意味の多様性)の問題にも相当程度適切に対処できるんじゃないか、というか、一つの解答ですよね。

著作権/引用/転載については、著作権法を知らない一般人の意識をして、一見あきらかに違法と認識しうる範囲において遵守する。違法性の意識を持ちうるか否か不明確なゾーンについては積極的に法を破っておく。

 というのはム?と思ってしまうのだけど、もっとみんなと仲良くなる。とか、全称命題に気をつけると共に読むべきで、要するに「変に萎縮しない」という文意と理解しました。


2

 HPO:個人的な意見 ココログ版のひできさんが設置されたwikiUniform Network Code for Blog Policyというのがある。

はじめに ~ブログポリシー・モデルの必要性~として、

最近のブログ界隈のいろいろな動き方を見ていると、自分を守るため、よい読み手との間の信頼を確保するため、ブログ界隈での言論を確保するため、書き手が自分自身でブログポリシーをきちんと表現しておくことがとても大事だと感じている。間違いなくブログ界隈というのは、ブログの書き手と読み手でできているのだから。

余談だが、英語のブログを読んでいるとよく「readership」という言葉でてくる。英語圏のblogosphereにおける読み手への意識の高さを感じる言葉だ。日本のブログ界隈においてもよりよい書き手、読み手の関係が確立されることを願う。

 とあります。

 方針・指針・スタンスというのは揚げ足取りをされそうでまとまった形での表明が難しいのですが、Uniform Network Code for Blog Policyのような場を足がかりに、より望ましいブログの在り方を探っていければと思います。


3

 私の場合は上にご紹介した方々のように一覧できる形では自分のスタンスをまだ書いておらず、一つには(個別の話題と比べ)まとまった形で書く緊急度が自分の中で低いからなのだけど、私が参考にさせていただいているページをいくつかリンクすることでせめて他の方のご参考になればと思う。

 なんつうか文章がへたくそなので、いつもながらわかりにくい書き方ですみません。

無断リンク禁止」の意味の多様性 「無断リンク禁止」の意味の多様性 - モヒカンダイアリー「アップル通信」 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「無断リンク禁止」の意味の多様性 - モヒカンダイアリー「アップル通信」


 あんまり無断リンク禁止の議論はフォローしてないんですが、ちょっと書いてみます。


 まず「無断リンクについて禁止したいのではなくて、批判的なリンクを禁止したいのですよね?」と言質を取ってから議論するべきだろう。

*

 いえ、まず議論の前にするべきことは、「なぜ、無断リンク禁止と書いているのですか?」とたずねることだろうと思います。


 ひとくちに「ムラ社会文化」とレッテルを貼られているページの中でも、実際の書き手の一人一人の考えはそれぞれに違う訳なので。たとえば

 どのような場所からリンクされるかによって、リンクの効果は千差万別であり、ときには書き手である私が予期せぬ重大な負の効果を受けることもある。

 だが、私がどのような効果まで甘受するということを予期して書いているかということは、ある程度内容や文体から他の人にも推測がつくとはいえ、書き手の私にしか明らかではない。

 だからもしリンクをする際には、いったん私の意向をたずねた上でリンクしてほしい。私の意向をたずねた上でリンクするならば、私はそのリンクによって不利益を受けようともそれは甘んじて受ける。

 とか、

 無断リンク禁止と唱うことですべての無断リンクが防げるわけではないのは承知しているが、一応こう掲げておけば、悪意のある人以外は私にたずねてくれるだろう。つまり、リンクに際して悪意があるかどうかのリトマス試験紙としての効果を期待している。それによってその後の対応を考えるのが楽になる。

 とか、あるいは

 自分がWebサイトを運営していると、「リンクによって○○さん(自分)を傷つけてしまわないだろうか」とか「リンクが○○さんの意向に反していたらどうしよう」などと、とかく他の人に配慮をさせてしまうものだ。

 しかし「リンクしてもいいでしょうか?なんて○○さんに尋ねるのは野暮だし、人の気持ちがわからない無粋な人間だと思われてしまう」とか「リンクの許否を○○さんに答えさせるだなんて手間をかけさせたくない」という不安もありえる。

 だから、いっそ無断リンク禁止と掲げておけば、ためらいなく安心してリンクの許否をこちらにたずねてもらうことができる。つまり無断リンク禁止を掲げるのは、他の人の判断を楽にさせる効果があるのだ。

 という考えの人もいるかもしれない。


 仮に「無断リンク禁止」という文言を掲げていたとしても、その意図するところは単純で典型的なムラビト的主張ではなく、上のいくつかの例のような内容でもありえるわけです。

 だから、相手の考えを議論の前からこうと決めつけて言質を取ろうとするのではなく、議論をするならまず相手の考えをたずね、また同時に自分の考えも伝えることが必要だと思います。


 もちろんそのような真摯な姿勢が最初から・常に・誰に対しても要求されるとは思いません。

 対話に入る以前の段階で、思考のコストを下げるために「この人は無断リンク禁止などと書いているから、あるいはムラ社会的な発想にとらわれている部分があるのかもしれない」という色眼鏡をかけること自体は許されるだろうと思います。

 ですがそれが色眼鏡であるということは意識しておいた方がいいでしょうね。


 あと、「違う意見を言う」ということと、「別のページからリンクする」ということはそれぞれかなり効果が違う別物なので、それも切り分けて考えた方が混乱しなくてすむでしょう。


 蛇足ですが、私は無断リンク禁止と書いたことはありません。上に挙げた例は(十分ありえるだろうとはおもいますが)頭の体操みたいなものです。


 なお、

これも「批判的な言及はどんなものであれマナー違反だ」というムラ社会文化の「マナー」らしい。

 までの考察には同意しますし、頭が下がります。

swan_slabswan_slab2005/11/07 00:09こんにちは。
あと、「他人のブログのコメント欄では、おかまいなしに粗雑な自説をガンガン述べて、着想をあたためる場として利用しておきながら、自分のエントリでは慎重になって萎縮している」という点を改善したいのですが、無理そうなので、いまだ追加できていません(汗
名誉毀損・プライバシー侵害が相手方の個人としての自律性や内心への攻撃となりうるのに対し、知的財産権の侵害については、相手方の外的な財産的な侵害が中核となる点に着目すると、可罰的な違法性(損害の相対的軽微性など)というのは相当微妙なんじゃないかというふうに思うんですよね。
知的財産権の場合、そういう損害の程度は、量的にも質的にもうまくイメージできないのが通常なので、あくまで素人的な判断と思われる想定をたてて、それを基準にしていこうと思っているんです。「こういうことをしたら相手に損害を与えますかね」と法律家なりプロにきいたところ、「え!?そうなの?やばいの!?」とびっくりしてしまうようなゾーン(例えば、自分のかばんにドラえもんの絵を自分で描いて通学したら違法か、など)があると思うんですが、そういう微妙な専門家の判断領域は無視しておかなければ、結局、一般人にとっては違法性を意識しうる事実についての確信が揺らいでしまい、可罰的なのに一般人には予測不可能な領域というゾーンをみとめてしまうことになるわけです。
それは、構成要件の明確性の原則からいって背理なので、あいまい不明確な領域については、あいまいであることを盾にとったほうが言論の自由な流通という社会的な利益にもなる、という判断です。

summercontrailsummercontrail2005/11/07 22:48スワンさんこんばんは、お返事遅くなりました。私のところではご遠慮なくガンガンどうぞ、着想温めまくってくださいませ。(スワンさんが「(汗」とか書いてるのはなんだか新鮮~)その間私はわらじでも温めておきます。レンジで。
 この話題は以前別の記事の関連で下書きしていて結局まだ掲載していないんですが(かなりきつく読めてしまうので)、私はちょっと違う考え方です。
 知的財産権というと大企業の横暴みたいなイメージがありますが、それだけではなくて、アイディアの横取りとか乗っ取りみたいな受け止め方をすればいわば人格の中枢部分にかかわる問題でもあるわけですよね。最近「のま猫」でしたっけかなり話題になりましたが、そういうデリケートな領域でもあるわけです(そのケースが実際にどうかというのは別として)。こういう観点からいうと、知的財産権の種類によっては財産的な侵害というのはただの擬制とすら評価できると思います。
 ゾーンの存在は結局フィールドが広がってルールの議論(というか合意形成?)が全然追いついていないのが大きな原因なんでしょうけどねえ。この後追いはずっと続くのかも。枠組み自体を変えた方がいいんでしょうね。
 具体的な事例でいうと個々の被侵害利益をどう見積もるかなんでしょうけど、あとはすごくおおざっぱに言えば、JASRAC的な存在の影響力はあまり気にしなくていい気がしています。憎まれ役を演じないと実効性が望めない、という考えもJASRACにはあるのかもしれませんが。
 話飛びまくりですが、法が整備されていない段階で内的な倫理を問うとどうしてもナイーブな議論になりがちなので難しいなと思います。もっとも整備されても同じかもしれません。
 が、もともと上のような疑問をぶつけるのが主旨ではなくて単純に他の方にもスワンさんのドクトリンご紹介したくて。

TransFreeBSDTransFreeBSD2005/11/08 00:26 「無断リンク禁止」について。最近ちょっと注目しています。
さて、
>議論の前にするべきことは、「なぜ、無断リンク禁止と書いているのですか?」とたずねることだろう
について。
村人的思考では、疑問は否定的意見ととられかねません。そして意見の否定を人格の否定へ、容易につなげてしまうのが村人的思考です。
よって、「なぜ、無断リンク禁止と書いているのですか?」という疑問を「無断リンク禁止と書いているのはおかしい/良くない」と受けとり、さらに「あなたはおかしい/良くない」と受けとられる可能性があります。
「無断リンク禁止」を掲げている場合、相手がムラ社会的である可能性が高いと言え、私は、最初にこのような直接的疑問を投げ掛けるのは得策ではないと考えます。

summercontrailsummercontrail2005/11/09 00:09TransFreeBSDさんお久しぶりです、お返事遅くなりました。
 そのお話ですが、「議論の前にするべきこと」(記事から引用)という場面設定であることに注目してください。〈何らかの議論の必要性が生じていると考えられる場合に、先にすべきことは相手の言質をとることではなく、相手の意図を確認すべきことだろう〉という趣旨の記事です。
 モヒカン族は相手の気持ちがわからないというキャラ設定です。ですが、〈自分には相手の気持ちがわからない〉ということがわかっていれば、わかろうとして虚心坦懐に意図をたずねるという態度をとる。その態度が否定的意見の現れととられる危険性は低いと思います。
 「また同時に自分の考えも伝えること」(記事から引用)で、一方的なインタビュアー/インタビュイーの関係に立とうとしているのではないことも示せます。尋問ではないということです。
 真のムラ人(ここではいい意味で書きますが)ならば、相手の内心を見抜くことができるはずなので、「誠」は伝わるはずです。
 もう少しわかりやすい形でTransFreeBSDさんのコメントにお答えすれば、〈ムラ人的思考においては、疑問は否定的意見ととられかねない〉とは私には思えないんですよ。少なくともその危険性は低いと思います。説明を省きますが、意向を尋ねるのは毛づくろい的馴れ合いとしても評価されえますし。
 本文を少しここで補いますが、「あなたは無断リンク禁止と掲げているが、どのような意図か?(質問)もし~を意図しているのだとすれば、その方法には~というデメリットがある。だからもし~を実現したいのなら~という方法をおすすめしたい(自分の考え)」というようなことになるかと思います。
 その際、相手の意向に明示的に反するような手法で言及するのは、相手の感情という重要な利益を意図的に傷つけているか、あるいは軽視しているととられても仕方ないでしょうね。だからムラビトを傷つけたくなければリンク以外の方法で言葉を投げかけることになるでしょう。

TransFreeBSDTransFreeBSD2005/11/11 23:46どうやら私と左近さんのムラビト像に食い違いがあるようです。
私はムラビトを、インターネットなどのテキストのみの会話に表情や声色の情報がないにも関わらず、無意識の内に日常の対面や声で行なわれる会話と同じ判断基準を適用してしまい、不足している情報に対し不安を感じたり、無意識であるためその判断が間違っている可能性を認識せずに想像や過去の言動による判断を加えてしまう人と認識していた様です。
「様です」と書いたのは、これまでムラビトというキャラの成り立ちを深く考えた事がなかったためで、先の私の考えは、対面で事務的に質問した場合を想定し、その時の相手の反応がインターネットにおけるムラビトの反応であるとしたものです。
このような考えに基づくと、感情の見えないストレートな質問はムラビトの不安を招き、不安が不信や攻撃的な対応を招くと考えました。これら私の考えの根底にあるのは、現実の世界で相手の感情を察知する能力に長けたムラビトは、勝手の違うインターネットの世界ではうまくその能力を発揮する事ができずに、誤解や論争を起こしてしまうという物です。
この点で、左近さんは
>真のムラ人(ここではいい意味で書きますが)ならば、相手の内心を見抜くことができるはずなので、「誠」は伝わるはずです。
と書かれていることから、「ムラビトはインターネットの世界でもその能力を発揮できる」との認識であると読みとり、これが私と左近さんの相違点であると考えました。
ただ、後半にある、まず質問をし、同時に自分の考えを述べる手法には賛成します。そして、私がさらに良いと考えるのは、まず自分の考えを述べて、それと同時に質問をするという手法です。これにより、まず自分の考えを相手に伝えることによって、ムラビトである相手が情報不足による無意識的に不安を感じたり誤解するのを防ぐ働きがあるのではと考えています。付け加えて、具体的な文言を書けば、「あなたは無断リンク禁止と掲げていますが、これは〜ということを意図していますか?もしそうであれば、〜というデメリットがあるように思います。これは私の誤解でしょうか?できればあなたの考えをお聞きしたいです。」といった所でしょうか。
と、ここまで私の考えを書きましたが、これは先のコメントを読んで、ここ2,3日で考えたことです。したがって、裏付ける物などなにもなく、正しい考えであると確証しているわけではないため、できれば左近さんの意見もうかがいたいです。
#と、このコメント自体が「自己の考え→質問」という形式をとっている自己体現コメントだったり:-)
#などと書くと「馬鹿にしている!」と言われかねないかも。

TransFreeBSDTransFreeBSD2005/11/12 00:05あ、すみません、コメントを良み返して、元の記事の趣旨に関して私の考えを書き忘れていました。
>〈何らかの議論の必要性が生じていると考えられる場合に、先にすべきことは相手の言質をとることではなく、相手の意図を確認すべきことだろう〉という趣旨の記事です。
これについては了解し、納得しますが、先ほどのコメントはさらに、「相手の意図を確認する前に、自分の理解(ムラビト的には感情に近い)を表明するべきだろう」という事です。
蛇足かも知れませんが、念のため。

summercontrailsummercontrail2005/11/12 01:31TransFreeBSDさんこんばんは、ちょうど新しい記事を書いている間にコメントをいただいていました。ここ2、3日の間お考えいただいていたとのこと、もったいないお話です(←モヒカン的表現ではありませんが、まあそういうことです)。
 前回のコメントはねぼけ半分で書いてしまったのでのっけから「先にすべきことは(中略)を確認すべきことだろう」などと日本語おかしかったのですが、意図を汲んでいただけたようで。
>できれば左近さんの意見もうかがいたいです
 はい、ありがとうございます。継続的な対話を「粘着」などと呼ぶ人もいますが、私はむしろ歓迎です。個々の論点に一つずつお答えすると相当長くなってしまうので、部分的にまとめさせてくださいね。
 おっしゃるところのムラビト像にはおおむね私も同意します。ただ、そうですね、ムラビトはムラビト的プロトコル以外に対しては(対面でも)感情を察知する能力はあまりうまく発揮できないと思います。それにモヒカン族はエチケットペーパー(モヒカン族のはてなグループキーワードをご参照ください)をあまり敷かないので、フレンドリーさや親しみがこもっていてもムラビト側は侮蔑ととる場合がありますね。
 (ただ、と話を入り組ませてしまいますが、ムラ社会は息抜きのための無礼講的な場としてあえてネタワールドを展開している場合があるので、ひょっとしたらそのような言葉として受け取ってくれるかもしれませんが。)
 otsuneさんを非難する意図はないのであまり際だたせたくないんですが、今回の記事は(記事本文から引用しますが)
>相手の考えを議論の前からこうと決めつけて言質を取ろうとするのではなく、議論をするならまず相手の考えをたずね、また同時に自分の考えも伝えることが必要だと思います
 という問題意識から書いたものです。
 と、ここまで書いて次のコメント拝見しました。
>先ほどのコメントはさらに、「相手の意図を確認する前に、自分の理解(ムラビト的には感情に近い)を表明するべきだろう」という事です
 あ、なるほどです。ただ表現の綾みたいなものですが、自分が先にある種の否定的な印象を持ってしまっている場合、「ムラビト的には感情に近い」ところの自分の理解を伝えるのはあまりよくないと思うんですよ。否定的な感情を敵意としてぶつけられたと受け取られ、怒りをかうので。
 この場合どう書くかですが、あまりに短いと逆にぶっきらぼうで敵意に思われるし書き言葉だとある程度まとまって書ける。だからどちらも(疑問の投げかけも、自分の考えも)同時に書けますよね。だから先のコメントで私が書いた
>「あなたは無断リンク禁止と掲げているが、どのような意図か?(質問)もし~を意図しているのだとすれば、その方法には~というデメリットがある。だからもし~を実現したいのなら~という方法をおすすめしたい(自分の考え)」
 ということでいいだろうし、結局ほぼ同様のお考えだろうなと理解しました。ちなみに上のカギ括弧内は簡潔に書いてますが、実際にはもちろん敬体で丁寧な言い方になるでしょう。
>感情の見えないストレートな質問はムラビトの不安を招き、不安が不信や攻撃的な対応を招くと考えました
 これはおっしゃる通りです。私なりに表現するなら〈感情の面に言及しないシンプルな言葉は、ストレートな感情の発露とただちに受け取られてしまう場合がある〉わけですよね。
 話が前後しまくりですが引用しますね。
>この点で、左近さんは
>>真のムラ人(ここではいい意味で書きますが)ならば、相手の内心を見抜くことができるはずなので、「誠」は伝わるはずです。
>と書かれていることから、「ムラビトはインターネットの世界でもその能力を発揮できる」との認識であると読みとり、これが私と左近さんの相違点であると考えました。
 引用された部分には二つの意味を込めました。一つには(一般的な)ムラビトというのは相手に対して、内心を見抜き配慮する能力を要求するし、また「自分はその能力を持っている」と思っているわけです(実際には持っていない場合もあるけど)。だけど真のムラビトというのは、まあ概念操作の遊びみたいなものですが、実際に相手の内心を見抜くことができるだけの器量を持ち合わせている(と、定義してみた)。だから少なくとも「誠」を持って接すればその誠は伝わるだろうということです。
 もう一つは、〈モヒカン族側の「誠」を認める人は偉い人だ、私は尊敬する〉ということを言外に匂わせることで、〈自らをムラビトと理解している人にも、モヒカン族が持っている善意や誠意に気づいてもらおう〉という意図がありました。言外に匂わせるという表現を使いましたが、実際そのような人は偉いと思うし尊敬します。

TransFreeBSDTransFreeBSD2005/11/14 00:13なるほど。ムラビト像に関してはあまり大きな違いが無い様ですね。
>ムラビトはムラビト的プロトコル以外に対しては(対面でも)感情を察知する能力はあまりうまく発揮できないと思います。
そうですね。私の「日常の対面や声で行なわれる会話」という表現には、無意識に「<ムラビト的プロトコル>で行なわれる」という前提を当てはめていた様です。(私は<ムラビト的プロトコル>をあまり把握していませんが。)<ムラビト的プロトコル以外>を表す私の表現が「対面で事務的に質問した場合」という、まさしく対面を想定にしてますからね。
また、<真のムラビト>という表現を読み違えていた様です。
以上から、両者の差異は結局の所、表現の差なのかも知れません。そして、表現は端的にいえば時と場合、そして嗜好もありますからここで議論すべき事でもありませんね。
と、言いつつ私の考えを書いておくと、私は一気に考えを書かず、まずは相手と言葉を交わして「親交」を得つつ、相手の認識を引き出そうとします。モヒカン族としては無駄な事にコストをかける行為ですが、ムラビトには必要な事でしょう。
と、色々書いたわけですが、私としてはムラビト像を考えるきっかけになった有意義なやりとりでした。ありがとうございます。(←こういうのがエチケットペーパーですよね?でも本心ですよ(笑)

summercontrailsummercontrail2005/11/15 01:00TransFreeBSDさんこんばんは。お返事遅くなりました、というのが決まり文句になってしまいました。
 ムラビト的プロトコルというのは、なんでしょうね、たとえば外交上の厳格な一連のプロトコルってありますよね。逸脱すると、相手(国)への侮蔑などととられかねないような。特定して示せないのですが、そんな感じです。
 TransFreeBSDさんのお考え、拝読しました。私も同感です。ただそれでもうまく行かない場合もありますね。ムラビトがそもそも議論そのものを厭う傾向があるならば、その努力もまったく無駄になってしまい「いい人だと思ったら議論で言い負かそうとしてきた、裏切られた」と、かえって憎まれる場合もあります。中でも(今回の無断リンクの話のように)テーマがムラビト的思考の核心にかかわる場合には、その危険が非常に高いと思っています。まあ余談というか愚痴ですね。
 これも改めてのお話になってしまいますが、一種の極端なキャラクターを(ムラビト/モヒカン族という)両極端について想定することで、自分や他の人の思考様式・行動パターンを相対化して見られるのは、この一連の「遊び」の大きなメリットだと思っています(それでも実際の相手を見ないといけないんですけどね)。こちらこそありがとうございます、また興味ある話題があったらコメントなりトラックバックなりいただければ。

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