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     夏のひこうき雲のsummercontrail(略して左近)が書いています。

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2005-08-11

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 相手の人間性や人格を非難する意図はありません。個別の論点を通して「建設的な議論」を試みるトサカエキササイズとして行っているので、その点予めご承知おきください。(その意味で、ken911kojimaさんのくださったようなコメントは有益と考えています。)

 ざっと目を通そうとするとおそらくうんざりするので、順を追って読んだ方がじつは楽ではないかなと思います。

1.myoumyouさんのコメントへのお返事

 前回の記事のコメント欄で、myoumyouさんからこのようなコメントをいただきました。

『べつにスルーしてもらっても構わないし、こちらもスルーしようと思っていましたけど、ながながと取り上げていただいたのでコメントを。わたしが「こんなところ」といったのは、もちろんトランスカレッジに限定されるものではありません。ブログ、ないしウェブ全体のことです。星の数ほどもあるウェブサイトの片隅で繰り広げられる、あなたのいうところの「建設的な議論」なるものの「建設的」というのはどういう意味なのか、ということを揶揄したかっただけです。トラカレのコメント欄でプラトンの饗宴も真っ青なすばらしい議論が展開されたら、女性専用車両の問題がどうにかなるんですか?もちろんわたしのコメントもその揶揄を免れないことを自覚していますけどね。

蛇足ですが、わたしは女性専用車両にあーだこーだくってかかる軟弱な男は、どうしてもその車両に乗りたいんでしょうから、「よしよし、逆差別された気持ちになったんだねかわいそうに」と頭をなでて乗せれてあげればいいと思っています。』

 いったん以下のようにお答えしました。

『myoumyouさん、こんにちは。意図を説明してくださってありがとうございます。おかげで対立点がもう少し明確になったと思います。そして私は、 myoumyouさんのお考えには明確に反対です。たぶん明日、記事として書きますので興味があればご覧ください。もちろん非建設的あるいは非生産的だとお思いなら、もう読まれずともかまいません。ただしその記事を読んでmyoumyouさんのお考えが変わるかもしれず、その可能性だけをもってしても「建設的」と評価されうると思います。

 他ごく簡単にお答えしておくと、ええ、「トラカレのコメント欄でプラトンの饗宴も真っ青なすばらしい議論が展開されたら」女性専用車両の問題はちょっとはどうにかなると思っています。建設的なという意味ももう少し具体的に書きます(この上の記事もその辺書き飛ばしなので、誤解の余地があるなと自分で読み返して思っていたところです)。』

 まず「建設的な議論」の内容について私の考えを書いておきます。

  • 議論の当事者の双方、あるいは片方が
  • 以前よりもより多くの判断資料を得ることができ
  • それによって当該テーマについて以前よりも的確に把握することができる、または
    • 当該テーマについての姿勢をより適切と思われる方向に修正することができる、またはさらに進んで
    • 当該テーマについての、より適切と思われる対処方法を発見できる

 少なくともそのような議論ならば「建設的な議論」と呼んでいいと思っています。

 「建設的な議論」の経緯を見聞きした人にとっては、その議論の仕方も参考になるでしょう。さらに、「建設的な議論」に必ずしも該当しなくても、議論を見聞きした人たちにとって有益なインフォが得られればそれだけで成果があったといえるでしょう。この2つのメリットは、ネットでは相当大きいといえます。ネットでのやりとりの内容は半永久的に記録が残るので。


 myoumyouさんはどうやら「鉄道会社や当局の内部機関でなく星の数ほどあるウェブサイトの片隅では、たとえプラトンの饗宴も真っ青なすばらしい議論が展開されても、実際の問題の解決にはまったく役に立たない」とお思いのようですが、それは星の数ほどあるウェブサイトの全てと、そこに連なる人々をあまりに過小評価していると思います。

 上記のネットの特性からは、鉄道会社や当局の関係者が議論の内容を直接参考にする可能性も充分あります(とりわけ成城トランスカレッジ!はかなり閲覧者が多いサイトですし)。

 仮にその可能性を無視したとしても、(女性専用車両設置というような)制度の設置・廃止というのは、結局は社会を構成する一人一人の意識・意見・感覚がある程度反映されて決まるものですし、またそうあるべきものです。また、性暴力の件数を減少させるための一人一人の意識を高める上でも少しは貢献するだろうと思います。

 myoumyouさんのような達観と(ご自身をも対象とした)揶揄は、ただの無力感の押しつけにもなりかねません。まずはできる範囲でより望ましい知見を獲得する努力を、個々人が積み重ねることが、社会の改善とよりよい社会制度の実現に近づく王道でしょう。

 あるいは単に「お上のやることは私らとは関係ない」

「お上に文句を言っても自分らには影響力がないから、あきらめたり愚痴をこぼしておくにとどめるのが得策」

「しょせんネットでの床屋政談はどれもこれも、しゃべり場的な自己満足の議論にしかならないし無意味だから『建設的な議論』などと気張るのは愚か」

「賢しらにものを言って目立つなんて、世間様に対して恥ずかしくないのか」

 という、日本の伝統的ムラ社会の典型的価値観の表れなのかもしれません。もしそうなのであれば、「ネットでの議論の試み自体の意義をまったく否定するような価値観には賛同できない」というやはりステレオタイプモヒカン語で返答したいと思います。

蛇足ですが、わたしは女性専用車両にあーだこーだくってかかる軟弱な男は、どうしてもその車両に乗りたいんでしょうから、「よしよし、逆差別された気持ちになったんだねかわいそうに」と頭をなでて乗せれてあげればいいと思っています。

 これについてもマジレスするというゲームをしてみます。

 それは「俺が痴漢扱いされた」という誤解だけでなく「俺が(女性に)馬鹿にされた」という(事実に基づいた)怒りをも増し加えることになるので、無礼なだけでなくデメリットの多い対処法だと思いますね。

 「何よりも自分の心の平安を優先する」という価値観の人にとっては、一見いいアイディアです。軟弱な男に対する侮蔑を直接表すことで、精神的優越感を味わえ、自分の心の平安を守れるので。ただしそのとばっちりは本人や他の人が受けます。デメリットが多いというのはそのことです。エレガントというよりもエロガンスです*1


2.ken911kojimaさんのコメントへのお返事

 ken911kojimaさんから前回の記事に下のコメントをいただきました。

『私も別に命題の真偽を話題にしているつもりはなくて、summercontrailさんのレスポンスがそういう方向性に見えたので、論理で反駁するなら、(さらに曖昧さを見込んでも)むしろこうですよと書いたつもりです。で、そのことが議論にとって積極的な意味を持っているとは思ってないんですが、「誤解されている」という認識を与えると、往々にして議論はメタに上がってフレームになることが多いので、そこは慎重にと言いたかっただけです。

バカを承知で論理遊びを追加すると、女性専用車両が有効であるのは、「痴漢はそのほとんどが異性に対してなされるもの」かつ「痴漢の被害に遭うのは圧倒的に女性」という前提があるからですね。これを示して、「女性専用車両の必要性は、『男性であれば痴漢』だなんて命題を前提にはしてませんよ」と言えば良かったのではないのかな?と私は思います。』

 コメント欄でとりあえずこうお返事しました。

『ken911kojimaさん、こんばんは。やはり明日の記事でお答えしますが、基本的に異論はありませんし、意図は理解していたように思います。その点言葉足らずでした。

 ken911kojimaさんの論理遊びがバカとは思いませんが、論理遊びは面白いだけに、読み手との関係で話の焦点がずれがちですね。自分でやってみて思いました。』

 ken911kojimaさんのお考えのうち結果として私がまだきちんと反応していなかった部分は

(1)「誤解されている」という認識を与えると、往々にして議論はメタに上がってフレームになることが多いので、そこは慎重にと言いたかった

(2)(前略)という前提を示して、「女性専用車両の必要性は、『男性であれば痴漢』だなんて命題を前提にはしてませんよ」と言えば良かった

 ということですよね。


 まず、(1)について書きます。

 一般的に「あなたの考えは誤解だ」という言説は、おっしゃる通り往々にして議論はメタに上がってフレームになることが多いので、そこは慎重にとおっしゃるのはもっともです。

 ですが、ここで「男性は痴漢だ」ひいては「あなたは痴漢だ」と言われたように感じさせている(誤解させている)のは、私のコメントではなく、女性専用車両の設置そのものです。この点ひょっとしたら理解の食い違いがあるかもしれません。

 そして、「男性=痴漢」などが誤解であるという点について緻密な論理で反駁するのは、あまりエレガントなソリューションではないというのが私の判断でした。

 その理由と私が採った方法の説明が、(2)についての話になります。


 Aという目的があったとします。現時点ではBという手段でAの充足が図られています。Bは「Cという内容の誤解」による弊害を一部で生じさせています。

 Cという誤解を減らしたい。そのために「Bを採ることは、必ずしもCを前提にしてはいない」という論証をすることも考えられます。これもken911kojimaさんのおっしゃる通りです。

 論理的には、その論証は有効です。しかし、あの場でその論証をきちんと行うのは、二つの大きなデメリットがあると思いました。長々とコメントすると読みづらくなるのが一つ。もう一つは、「BならばC」なのかどうかという技術的な細部に意識を向けさせてしまうことです。

 なぜ細部に意識を向けさせるのがまずいか。本来「BならばC」とはならないという感覚は簡単に共有できるはず(ここは後述します)なのに、そこをズームアップすることで議論の焦点がずれるし、詭弁を許す余地が生まれるからです。

 そこで、私は少し迷った後、Dという事柄を指摘することにしました。

 Dという事柄は、Bという手段の有効性を根拠づけます。と同時に、Dを指摘することは「BならばC」という誤解を遠回しに崩す効果も持っています(このことをきちんと書くと読みづらくなるし冗長になるので、当時やめておきました)。*2

 上でABCDと書いたのは

A:

 電車内の性的暴力を減らす(という目的)

B:

 女性専用車両を設置する(という手段)

C:

 「すべての男性は痴漢だ」あるいは「男性には痴漢が多い」ひいては、じつはこれが隠れた主題なのだが「あなた(男性)は痴漢だ」(と言われているとの誤解)

D:

 あ、時間差になりましたが、tnさんはやっぱりそういうとらえかただったんですね。

 実態として男性が痴漢をする件数の割合の方が、検挙数だけとっても圧倒的に多いと認識しています。割合について反証ができるならお願いしたいところです。

 「男性=痴漢」かどうかでなく、実際にどのように被害を減らすかという解決法の問題だと思いますが。「鉄道会社から痴漢とレッテルを貼られたと誤解している男性の怒り」と、「痴漢への恐怖に脅えたり、実際に痴漢に遭ったりする女性の痛み」を比較するべきでは。

 の略称です*3


 本来「BならばC」とはならないという感覚は簡単に共有できるはずという内容について。

 私はDの前提として「Bへの反対には、Cという誤解が背景にあるのでは」という点に触れました。

こういった議論の片方の側には

・避ける手段が用意されたことに対して、「男性は性的暴力を振るう」と決めつけられたと感じている男性たちの鬱屈した怒り

(中略)

 が根底にあるように思えます。

 これは、そのCという誤解による冷たい怒り(参照12)に似たものを表舞台に登場させ、考慮の対象に加えるうえで、必要なプロセスだったと思っています。言語化され客観視できるようになったことで、その考えを抱いている本人も考えのおかしさに思いが及ぶようになります。ひとまずはその効果を狙ったわけです。

 つまり「BならばC」と(いう「偽」の命題を)言語化することによって思考の対象に加えれば(感覚は簡単に共有できるはず)、ということです*4

 この点は

女性専用車両が有効であるのは、「痴漢はそのほとんどが異性に対してなされるもの」かつ「痴漢の被害に遭うのは圧倒的に女性」という前提があるからですね。これを示して、

 とken911kojimaさんがおっしゃるのも同趣旨かもしれません。ですが最初の私のコメントで言えば

実態として男性が痴漢をする件数の割合の方が、検挙数だけとっても圧倒的に多いと認識しています

 という部分が一応それに対応していると思います(表現が不正確だった点は前回の記事で補いました)。


 今回は忘れずに(そしてさらなる冗長さを覚悟して)書いておきますが、ken911kojimaさんが最初から

とはいえ、この認識のズレが論の展開自体にどれだけ影響しているのかは不明ですが。

 とちゃんと留保をつけていることに私は気づいており、それだけの情報リテラシーをお持ちであることも認識していました。

 その上で前回は、どのように認識がズレているのかを私なりに示し、その経緯を説明し、そのズレがどれだけ影響しているのかについてある程度緻密に述べたものです。

 ある程度緻密に述べようとすると論理遊び的になって、意図や文脈が把握しづらくなってしまうので難しいですね。

 短文だといろんな誤解を招きかねないし、長文だと文章のリーダビリティ(可読性/読みやすさ)がぐっと低下するので、そのへんはなかなかむずかしいなと思っています。

*1:勢いで書いただけのジョークです

*2:私自身としては論理的な整合性をもれなく示すことには、じつはそれほど関心はありません。もれなく示そうとするととんでもなく長くなるし、また実際の対話においてそれが必要なわけでもないからです。こちらの問題意識の内容を結果的に把握してもらい、かつ相手の思考の枠組み設定のミス(と私が思う部分)に気づいてもらえれば、当面のニーズは満たせるわけです。ただし不特定多数の読み手との関係である程度きちんと構図を示す必要があるとも考えており、結果として長めの書き方になることも多くなっています

*3:AがキスでBがペッティングで、という意味ではありません

*4:この点をもう少し説得的に説明しようとすると比喩を用いたりしなければならず、そうすると比喩と今回の例との異同についても説明が必要になったりして煩雑なので、あまり膨らませたくありません

SumardiSumardi2012/07/23 11:32I just hope wohveer writes these keeps writing more!

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