モヒカンを隠して生きてきた日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

モヒカン宣言
|

2005-07-25

オレンジレンジパクリ疑惑 08:16 オレンジレンジパクリ疑惑 - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

モヒカン族 - 二酸化モヒカン倶楽部 (otsune) - 似非モヒカン族も偽モヒカン族もモヒカン族もムラ社会民も入り乱れている掲示板

似たものとして、似非モヒカン族村人の争い。

http://blog.livedoor.jp/monapopu/archives/14285916.html

Posted by --- at 2005年03月30日 10:23 から。

「空気」をことさらに持ち出す村人と空気を読む気がまったくない似非モヒカン族のやり取り。

この -- 氏は個人的にかなり好きなタイプなんだけど、惜しくも純モヒカン族とは言えないものがある。それはそれとして人のブログでよくこれだけできるよな…。

解決よりもしゃべり場がお好き 08:16 解決よりもしゃべり場がお好き - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

むしろ、ここで焦点となっているのは「無断」「禁止」といった形での「語り」なのではないか。閲覧者に対して一方的に「禁止」を宣言することで、書き手は自らの他者からの優越を誇示することができ、それは帰属している仲間集団の他グループからの優越も意味することになる。

上の流れで思い出したのはこの指摘。無断禁止リンクと宣言しているサイトをつい攻撃したくなる人が出るのは、こういう心理を読み取っているからかもししれない。

モヒカン族 - モヒカン族反逆同盟@ARTIFACT - 無断リンク禁止を宣言する意味

なるほど、「禁止できること」以上に「禁止と宣言すること」に意義を見出されていたりすると、ますます提案を的外れと思われそうですね。禁止と言えなくなるような案はイラン、とか。私は実行力を欲していると予想していたのでそこまでは頭が回っていませんでした。

なんだか今まで自分が言及してこなかった分だけ言いたいことが溜まってたんだろうか? 09:06 なんだか今まで自分が言及してこなかった分だけ言いたいことが溜まってたんだろうか? - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

まぁモヒカン/ムラビトを語る場合の典型的事例だからというのももちろんあるけど。

それを明記しないで掲げられると「無断リンクをするのは失礼のはずです」という子供たちが発生するので勘弁してほしい。教育に悪いという強力なデメリットが有る

九尾のネコ鞭

id:otsuneコメント。otsune さんの啓蒙の根拠である、「他者が誤解するから」というのはいつも伝えにくい。個人的意見を吹聴して、それを歪んだ形で信用してしまう人が現れたら困るという意図を持って指摘しても、「私がそう思ってるだけなんだから勝手でしょ」という切り返しをされる。

本来啓蒙すべきなのは「誤解しそうな子供」のほうであって、web に個人的な意見を述べること自体は誰しも批判されたくないし、いちいち全てにカウンターかましていられない。しかし、誤解しそうな子供全てに伝えることは、そういった子供が見るようなコンテンツに反論を併記していくことよりさらに難しい。学校のレベルでそのことが教育されるようになっていけば、モヒカン族の活動は不要になるかもしれない。つまり、教育方面への啓蒙も必要。しかし、実際には大人もすぐにプロパガンダにやられてしまうのでやはり大いに不足。

だから、web では多数の側面からの意見がきちんと見えることが重要であって、一方向からの意見の垂れ流しができるだけ排除される必要があるのだ(そしてそれがテレビとの差異である)、ということになるんだけど、「発信手段」としか見ていない人には通じない。

大体、「多数の側面からの意見を見たくない」=「騙されているほうが幸せ」という人も結構な割合でいたりするもんだから、最終的には「正しさとは何か」という問題に到達してしまう。

出かけねばなのでひとまず結論なしでここまで。

(追記)当然、モヒカン族も個人的な意見を述べるが、モヒカン族は反論行為を否定しないし、読者の判断材料が増えることは基本的に好ましいことと考える。「子供が見るようなコンテンツに反論を併記していくこと」より有効な手段の提示無しに反論を否定するのは難しいだろう。「無断リンク禁止」を述べる人がそれを指摘するモヒカン族より多数だから「そちらが常識」と言われたならば、「無断リンク禁止」を述べる人より「一方的な情報ですぐに洗脳される人」のほうがもっともっと多数だからそちらが優先されるのが「常識」と反論できる:p。

[]集団成極化 10:57 集団成極化 - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

トラックバック - http://mohican.g.hatena.ne.jp/queue/20050725

2005-07-23

偽メンヘラー(=差別主義者)のためのツール 01:26 偽メンヘラー(=差別主義者)のためのツール - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

いわゆる偽メンヘラー(定義としては批判する人をどんどん排除(*)したいお花畑思想というところ)の根本にあるのは差別主義あるいはいじめっ子心理ではないかと思う。

(*)大抵「無神経」という言葉で印象操作される。他者に自分定義の「思いやり」をことさらに強要する。

昔書きかけて、空気を読んで:p 公開しなかった率直な意見をここなら出してもいいかなと思い、掲載。

「メンヘラーとは何か?」

何らかの障害を抱えている、あるいは(そちらの方が多いが)抱えていると思い込み、差別受けた(と自分が思っている)経験を持ち、いわゆる健常者を差別的な目で見ている人の蔑称

今ならちゃんと「偽」メンヘラーと言えます。極左に通じるものがありますなぁ。なお、病気病気ではないといっているつもりはないです。弱者という立場に乗っかりたい病気ではない人(まぁある種の病気だけど)もかなりの数いるということです。

例えば、「鬱」の人は他者に攻撃的にはなれません。鬱を標榜して他者を攻撃する人はかなりの確率でこの偽メンヘラーです。もちろん鬱状態でないとき、あるいは躁のときに攻撃的になる人はまた別にいますが。

別にメンヘラー定義論で煽って攻撃的な人を呼び込みたいわけでもないので話を戻して、「批判する人をどんどん排除したい」という欲求を持つ人って、「自分の城に絶大の権限が欲しい」ってことで、相手の指摘/主張はどうでもよくて、自分の気分で他者の扱いを決めたい、という感情が見え隠れします。権力が欲しいってことです。他者の権力下で活動しているといつそこから排除されるか解らないのが怖いのかもしれません。なので、ホスティング会社などの挙動にすごく敏感だったりするし、他者による権力にも敏感です。自分が権力を欲しいことの裏返しで(想像)。

ちなみに、私はいじめっ子というよりはいじめられっ子でした(うーんいつの話だ?^^;)。その反動が偽メンヘラーと同じように今でているかどうかはまだ判断できませんが^^;。偽メンヘラーに幾ばくかの悪感情を持っていることは確かです。わがままを散々見てきたこともありますが、つまらないなぁ、と。ただ、感情的にならず冷静に淡々と分析すると、上記のような成り行きは十分に考えられると思う、というそれだけです。自分は偽メンヘラーが嫌いなんだなぁという自己分析の結果、いじめっ子を世に憚らせるためのツールはあまり作りたくないという気持ちが多少なりともあったんだろうなぁ、と思い至りました。でも、それこそ隔離じゃないけど、わがままを抑圧しているともっとよくないことが起こるのが社会というものなので、わがままできる場を用意する必要性も感じたりしてあー世の中むずかし、です。

「偽メンヘラー」という言葉が生まれてよかった。

なお、この記事は「偽メンヘラー」を分析/批判しています。偽メンヘラーでない人のことは批判していません。他者による権力に敏感な人が「偽メンヘラー」なのではなく、「偽メンヘラー」が他者による権力に過剰に敏感なのです(エチケットペーパー)。

2005-07-21

仕組みを覚えるのめんどくせーお前ら俺の嫌になるようなこと(無断リンクとか)するなよ、ってのは個人情報漏洩する企業の論理リンクできそうな気がする。 01:09 仕組みを覚えるのめんどくせーお前ら俺の嫌になるようなこと(無断リンクとか)するなよ、ってのは個人情報漏洩する企業の論理とリンクできそうな気がする。 - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

責任の重さ(というか何に対する責任か)は違うけどね。

ところで、カテゴリを入力するのが面倒だし RSS タイトルに入るのもうざいので止めることにした。

赤い色の更なる続き 02:01 赤い色の更なる続き - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://www.hatena.ne.jp/1121527958

これで最後。質問が終了されてトラックバックも見れるようになったので。

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20050717/1121560400

ここを見て、あぁ、「空はなぜ青いのか、雲はなぜ白いのか」とか「海はなぜ青いのか」とか書いてる文学みたいなのの意図がやっと分かったみたいな感じ。クオリアという用語について意識するようになっていながら、未だにその辺を疑問に思う感覚がきちんと理解できていなかった。

しかし、なぜ疑問に思わなかったかというと、空が広大で青く「美しい」と感じるとしても、それはその色でなかったとしても美しいはずと考えているから。ただし、例えば和音に協和音不協和音があるように光にも波長の合成具合によって心地よく感じたりしなかったりというものはあります(って裏取ってないけど_o_)。だから濁り具合によっては同じように美しいとは思わないだろうけれど、でもそれ以上に、つまり色の信号そのものの持つ意味以上に、美しいと感じる要素はこれまでの人生/進化の過程で植え付けられた意識のほうが大きいと思う。空が「こういうもの」だからこそその空の色であるところの青は美しい、と。

だから私は識別できるだけなんだってば、と言う。それが正しいかどうかは判明していないことだからまったく保証はできませんが。http://d.hatena.ne.jp/sardine/20050720 にあるように、クオリアの手前に何かがあるらしいのは確かですが、それが、「これまでの人生/進化の過程で植え付けられた意識」であり、意識とはまさしくある信号をある解釈にマッピングする仕組み、という風に思っていたのかも。

それにしても、

http://www.hatena.ne.jp/1121527958#a63

動物によっては身体機能的に識別できる機能があっても脳が認識しないこともある=センサーを閉じていることがある」ということを考えるとまた興味深いですねぇ。

トラックバック - http://mohican.g.hatena.ne.jp/queue/20050721

2005-07-20

今後は保守的思想がどんどん槍玉にあげられる 13:14 今後は保守的思想がどんどん槍玉にあげられる - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

いや既にかなり進行していますが。

http://nikki.g.hatena.ne.jp/hkt_o/20050719#p1

「うまく説明できないなら意見は通らない」という思想は、あまりにも弱者には酷な殺伐とした物なのだろう。 制服の件で言うなら「私は家がヒンボーなので制服廃止に反対します」と冷静に言える中学生は居ないだろう。

モヒカン族 - 二酸化モヒカン倶楽部 (otsune) - うまく説明できなければ意見は通らない。という思想

前に本サイトで書いたことがありますが、保守的であることの理由をうまく説明できないのと同様に、既存制度や空気に抗う主張を「論理的思考能力/表現力/勇気」の問題で展開できないタイプの人がいて、2ch がそういう人たちの救いの場となった、と思ってます(他の誰かが補足してくれるという点で)。

保守的主張は説明できなくても空気が守ってくれていたが、改革的主張は説明できないと簡単に蹴られる。だから 2ch 等の台頭(というかインターネットの台頭ですが)によって改革的思考の表明/賛同がしやすくなった。今度は改革的空気のほうが保守への圧力になってくる番ってことですかね。

なんかモヒカン族/ムラ社会の勢力関係と逆のようにも思えるけど実際はどうなんだろ…?

トラックバック - http://mohican.g.hatena.ne.jp/queue/20050720

2005-07-19

ちまちました部分ばかりだけどまぁ 01:30 ちまちました部分ばかりだけどまぁ - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://d.hatena.ne.jp/rir6/20050719/1121701666

モヒカン族を典型として、『他人の苦しみを消費したい』とさして思っていない人もいるんです。自己批判は結構なこと(すばらしいという意味ですよ)なのですが、批判した自分を慰めるために「他の誰しもがそうじゃないか」という方向に思考が向かわないことを願います(憶測)。

また、モヒカン族は「空気」による偏りは好ましくない、即ち反論が言えなくなるような状況は好ましくないと考えるので、(相手に)「何もしないほうが良い」とは言わないでしょう。反対意見を出すことを萎縮して欲しくはないです。ただし、まったく同じ理由で、モヒカン族はわざわざ相手サイトに出向いてでも「反論」することもあるでしょう。

2ちゃんねらーは何故その行為を<楽しい>と感じるのか?それはみんなでやっているからだ。では何でみんなでやると楽しいのか?それは自らがその集団に属している=選ばれているという安心感を得る為であり、そしてその安心感は何者か*3を排除することによって生まれるものだ。

NWatch ver.4 - 認めるけど、許さない―歴史化した「僕」に向けて―

別に排除はされてないと思います。楽しいと思ったら誰でも参加でき、しかも参加しない自由がある分 2ch偽善は健全かと。「可哀想だと思うから」には偽善を強要しようという圧力が多いので不健全と思います。付け加えていうと、「(絶対)善」なんてないですよ。

モヒカン族が対話を嫌っているということは

NWatch ver.4 - 認めるけど、許さない―歴史化した「僕」に向けて―

こういうのが憶測メソッドですね:p。モヒカン族は憶測を否定しているのではなく憶測で断定することを否定しているのですが。

憶測メソッド 13:49 憶測メソッド - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

ふらっと見つけたので野暮と思いつつ突っ込んどく。

訳が分からないところがあったから、一生懸命僕なりに考えて作者の言わんとしていることを考えたのに、↓みたいな言い方するなんてひどいよ……

当方の言ってる内容とは全く関連のない「貴方の考えた主張」を、さも私が考えているかのように「〜とでも考えているのでしょうか?」と疑問系で提示し、 直後には「そう考えている」と決め付け、「馬鹿なのは分かってきましたが」と展開させる論法は、少々どうかと思われます。

当方の言ってる内容とは全く関連のないと言いますが、少なくともこの文章からはそういうメッセージしか受け取れません。(以下引用続く)

NWatch ver.4 - Flash作者からの反論にお答え

あ、この頃と何も変わってなかったのね。

「少なくともこの文章からはそういうメッセージしか受け取れません」と「一生懸命僕なりに考えて作者の言わんとしていることを考えた」は矛盾してますね。考え方のバランスとか、「やりますな」感を持っただけに、こういう思い込みのきつさはもったいないです。でも普通ならこういうのを見るとこりゃだめだ感を持つのですが、お若いと知ったので将来性大有りだなぁ、と思うようになってます。ほんと持論への思い入れが強すぎる点が緩和(さまざまな考え方を知るという意味で)されると、すごく優れた論客になりそう、という感想


赤い色、の続き 16:26 赤い色、の続き - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://www.hatena.ne.jp/1121527958

ほんと、さまざまな意見が参考になります。

http://www.hatena.ne.jp/1121527958#a36

未だに色の識別における「ある色がその色に感じる理由」は質問自体もピンときていないのですが、「音」で考えると質問の意味が見えてくる気がしました。低い音が「重いあの感じ」に感じるのはなぜ?とか。

例えば「鮮やかな」「きらびやかな」とかその色自体を説明しなくても、他者が同じように形容可能である理由、みたいな感じになるのかな。ただ、その形容自体が「色」が元であればトートロジーでしかないのですが。うーん、順番的には五感は形容よりも先にあるので、やはり「重い音」というのもまず周波数の低い音があって、それを誰かが「重い」と形容したから、「重い」で通用するようになった、と言える気がする。「ほらこれが重い音だよ」って。

だからやっぱり、「キンキン聞こえる高い音」を「重い」と誰かが表現してそれが受け入れられていたならそれは「重い音」だったわけで。受け入れられない理由は、地響きとか、低い音には「重い」を連想させる場面でよく発生するからなわけですが。

結論、やはり順番が逆。「五感で識別されるあるものが、ある認識である理由」は、それをある認識であると人間が認識したからそう言えるようになったのであって、所詮「認識」は後付けである。

でもやっぱり 16:55 でもやっぱり - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

ここまで書いてやっと解ったのは、id:edgeover さんの質問は「周波数の低い音が今の高い音に聞こえて、周波数の高い音が今の低い音に聞こえたとしても構わないとして、なぜ今の人間が感じるような順番になってるの?」ということなんだな。

ある程度解っている人の答えは「たまたまです」になるはずだけど、そのたまたまそうなっている理由。どうもそこには未だ、「他者と同じように」そう感じている理由が問われている気がしますが、その点は他者と同じかどうかわからないのになぜ他者と同じように感じていると思うのだろう?と思った。今現在の自分だって、ある音が耳から脳に入った時点で他者と同じような音として聞こえているかは定かでないのに。だから単に他の音と区別できる能力があるのみだ、と答えるのですが。

トラックバック - http://mohican.g.hatena.ne.jp/queue/20050719

2005-07-18

赤い色が何故「赤く」見えるのか教えてください01:16 赤い色が何故「赤く」見えるのか教えてください。 - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://www.hatena.ne.jp/1121527958

色の感覚は3原色から他の色が説明できるなど、非常にシステム的だと思うのですが。

700nmの光を人間が目に入ったとき、人には「赤く」色ずいて見えますが、それが何故「青」や「緑」ではなくあの赤色にみえるのか。逆に言えば、700nmが青に見え、420nmが赤に見えない理由です。

人間が三原色を識別できる能力を持っているから。で答えになってると思うんだけどなぁ。

他の生物であればまた別の波長を識別できる能力を持っていたりするわけです。

なぜ三原色が識別できるのか?となるともう進化論になってくると思うし(*)、そんなんおいらにゃまっとうな説明はできませんが、まず「識別できる」という能力がたまたま備わっていて、あとは識別したものに名前をつけていった結果、波長700nmのあたりに「赤」という名前が付いたわけで。もちろん歴史的には波長より名前のほうが先だけど。

つまり、青ではなく赤に見えるのは「人間が三原色を識別できる能力を持っているから」です。

「識別」とは異なる波長を異なる色と認識できるだけでなく、近い波長を同じ色と認識できることも当然含みます。だから、ある波長が「赤」である、と記憶された人同士であれば「赤」がどのような色かが想像可能です。というところでしょうか。

(*)三原色がどうやって識別されるのか?については既に答えが得られている。

これで違うとなるともう本当に質問の意図がわからない。人によって「赤」「青」と呼ぶものがどう映っているかは解らない、ということまで理解していらっしゃるはずなのに、

血を見たとき、現在われわれに見える血の色に見える理由です。単に、呼称を学習したのであれば、血の色が青い海の色に見えて、海を見たときにそれが血の赤い色に見えても良いはず…つまり、赤と青が完全に入れ替わっていても良いはず、実際にはそうなっていない理由です。

こういう返しになっているのはなぜなんだろう…?

識別→認知の領域とか、色に持つイメージが似通ったものになる現象といった話だったりするならそれはそれでやっぱり私にゃわかりませんけど。


読みながら書いてるので、続きを見て。

http://www.hatena.ne.jp/1121527958#a20

こちらの回答が最も私の意見に近いです。で、それに対する edgeover さんのコメントですが、

そうすると、もしも現在の青色である420nm付近の波長を反射する有毒生物が多ければ、420nm付近が赤く見え、700nm付近が青く見えるような人間(生物)になってきたということでしょうか。

これは違うかと。「~有毒生物が多ければ、420nm付近が強調・警告の目印として認識されるような人間(生物)になってきた」だと思います。もちろん人間社会で(この例で言えば)420nm が強調・警告の目印に使われることによる後天的な認識もありますが、進化の過程も当然大きいかと。

赤、青、緑の三原色と対応する波長を入れ替えても関係性を崩さず説明できてしまいませんか。例えば、700nmを青、420nmを赤にしてもすべてのものが全部入れ替わっていれば関係性はOKでしょう。しかし、現実には700nmが赤く、420nmが青く見える理由を私は知りたいのです。

うーん…。「700nmを青、420nmを赤」のように、「赤」という文字を使うから質問が伝わらない気がします。で、質問はやはり、

「私たちの主観的体験(意識)がどのように生み出されるのか」

だそうで、識別できるようになった経緯まで含んだ質問、ということになるでしょうか…?ならばやっぱり、

http://www.hatena.ne.jp/1121527958#a20

こちらの回答で納得できると思うのですが…。

# だらだら書きすぎ。もしかしたらあとで推敲するかも。


クオリアについて 01:32 クオリアについて - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

で、先の回答欄から http://www.qualia-manifesto.com/qualiafaq.html を読んで。

これは私が言うなら「勘」の話だと思います。電車の音から電車を鮮明にイメージできるのも然り、人あるいは何らかの生物を見て安全/危険と認識したり。遺伝/進化的なものと、自身のそれまでの人生の双方の経験から呼び起こされる「勘」である、と。「赤」に持つイメージも勘として無意識下に組み込まれていく、あるいは最初からある程度組み込まれている。

「赤が強調・警告の目印かどうか」については考えずにそうであると仮定して、「赤」を識別できない、あるいは「赤」を識別はできるがそのイメージを認識できない生物が、「勘」を働かせることができずに淘汰されてきた結果として今があるのではないかと思いますですよ。

message/partial 02:33 message/partial - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

大きなファイルを大容量Webメール経由で転送、共有するPeer2Mail

http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003599.html

を見て、反射的に、そういえば message/partial はどこ行った?と思ってしまった。検索してみると、新しいところで RFC3798(http://www.faqs.org/rfcs/rfc3798.html)には記載があるので、一応生き残ってるっぽい。ここでは MDN 絡みか…確かに message/partial は MDN だけじゃなくて暗号化/署名に絡んでも面倒なことが多いなぁ。message format としてではなく transport レイヤで何とかされるべきだったんだよねぇ…。

儀礼的無関心 04:07 儀礼的無関心 - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

って、過去ネット上の物として騒がれていたときは、主張した人が無関心に扱って欲しい当人じゃなかったことにより単なるまがい物主張ということになったけど、無関心でいて欲しい本人が主張した場合は、本来の意味と合致するんだよなぁ。

トラックバック - http://mohican.g.hatena.ne.jp/queue/20050718
|