モヒカンを隠して生きてきた日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

モヒカン宣言
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2005-07-19

ちまちました部分ばかりだけどまぁ 01:30 ちまちました部分ばかりだけどまぁ - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://d.hatena.ne.jp/rir6/20050719/1121701666

モヒカン族を典型として、『他人の苦しみを消費したい』とさして思っていない人もいるんです。自己批判は結構なこと(すばらしいという意味ですよ)なのですが、批判した自分を慰めるために「他の誰しもがそうじゃないか」という方向に思考が向かわないことを願います(憶測)。

また、モヒカン族は「空気」による偏りは好ましくない、即ち反論が言えなくなるような状況は好ましくないと考えるので、(相手に)「何もしないほうが良い」とは言わないでしょう。反対意見を出すことを萎縮して欲しくはないです。ただし、まったく同じ理由で、モヒカン族はわざわざ相手サイトに出向いてでも「反論」することもあるでしょう。

2ちゃんねらーは何故その行為を<楽しい>と感じるのか?それはみんなでやっているからだ。では何でみんなでやると楽しいのか?それは自らがその集団に属している=選ばれているという安心感を得る為であり、そしてその安心感は何者か*3を排除することによって生まれるものだ。

NWatch ver.4 - 認めるけど、許さない―歴史化した「僕」に向けて―

別に排除はされてないと思います。楽しいと思ったら誰でも参加でき、しかも参加しない自由がある分 2ch偽善は健全かと。「可哀想だと思うから」には偽善を強要しようという圧力が多いので不健全と思います。付け加えていうと、「(絶対)善」なんてないですよ。

モヒカン族が対話を嫌っているということは

NWatch ver.4 - 認めるけど、許さない―歴史化した「僕」に向けて―

こういうのが憶測メソッドですね:p。モヒカン族は憶測を否定しているのではなく憶測で断定することを否定しているのですが。

憶測メソッド 13:49 憶測メソッド - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

ふらっと見つけたので野暮と思いつつ突っ込んどく。

訳が分からないところがあったから、一生懸命僕なりに考えて作者の言わんとしていることを考えたのに、↓みたいな言い方するなんてひどいよ……

当方の言ってる内容とは全く関連のない「貴方の考えた主張」を、さも私が考えているかのように「〜とでも考えているのでしょうか?」と疑問系で提示し、 直後には「そう考えている」と決め付け、「馬鹿なのは分かってきましたが」と展開させる論法は、少々どうかと思われます。

当方の言ってる内容とは全く関連のないと言いますが、少なくともこの文章からはそういうメッセージしか受け取れません。(以下引用続く)

NWatch ver.4 - Flash作者からの反論にお答え

あ、この頃と何も変わってなかったのね。

「少なくともこの文章からはそういうメッセージしか受け取れません」と「一生懸命僕なりに考えて作者の言わんとしていることを考えた」は矛盾してますね。考え方のバランスとか、「やりますな」感を持っただけに、こういう思い込みのきつさはもったいないです。でも普通ならこういうのを見るとこりゃだめだ感を持つのですが、お若いと知ったので将来性大有りだなぁ、と思うようになってます。ほんと持論への思い入れが強すぎる点が緩和(さまざまな考え方を知るという意味で)されると、すごく優れた論客になりそう、という感想


赤い色、の続き 16:26 赤い色、の続き - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

http://www.hatena.ne.jp/1121527958

ほんと、さまざまな意見が参考になります。

http://www.hatena.ne.jp/1121527958#a36

未だに色の識別における「ある色がその色に感じる理由」は質問自体もピンときていないのですが、「音」で考えると質問の意味が見えてくる気がしました。低い音が「重いあの感じ」に感じるのはなぜ?とか。

例えば「鮮やかな」「きらびやかな」とかその色自体を説明しなくても、他者が同じように形容可能である理由、みたいな感じになるのかな。ただ、その形容自体が「色」が元であればトートロジーでしかないのですが。うーん、順番的には五感は形容よりも先にあるので、やはり「重い音」というのもまず周波数の低い音があって、それを誰かが「重い」と形容したから、「重い」で通用するようになった、と言える気がする。「ほらこれが重い音だよ」って。

だからやっぱり、「キンキン聞こえる高い音」を「重い」と誰かが表現してそれが受け入れられていたならそれは「重い音」だったわけで。受け入れられない理由は、地響きとか、低い音には「重い」を連想させる場面でよく発生するからなわけですが。

結論、やはり順番が逆。「五感で識別されるあるものが、ある認識である理由」は、それをある認識であると人間が認識したからそう言えるようになったのであって、所詮「認識」は後付けである。

でもやっぱり 16:55 でもやっぱり - モヒカンを隠して生きてきた日記 を含むブックマーク

ここまで書いてやっと解ったのは、id:edgeover さんの質問は「周波数の低い音が今の高い音に聞こえて、周波数の高い音が今の低い音に聞こえたとしても構わないとして、なぜ今の人間が感じるような順番になってるの?」ということなんだな。

ある程度解っている人の答えは「たまたまです」になるはずだけど、そのたまたまそうなっている理由。どうもそこには未だ、「他者と同じように」そう感じている理由が問われている気がしますが、その点は他者と同じかどうかわからないのになぜ他者と同じように感じていると思うのだろう?と思った。今現在の自分だって、ある音が耳から脳に入った時点で他者と同じような音として聞こえているかは定かでないのに。だから単に他の音と区別できる能力があるのみだ、と答えるのですが。

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