妄批漢ことのは砦の決戦 このページをアンテナに追加 RSSフィード

うんぐら うんぐら

2005年10月18日 火曜日

一部の人」論の裏話 12:43 「一部の人」論の裏話 - 妄批漢ことのは砦の決戦 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「一部の人」論の裏話 - 妄批漢ことのは砦の決戦 「一部の人」論の裏話 - 妄批漢ことのは砦の決戦 のブックマークコメント

で、はてなダイアリーの方でしばらく前にやってた「一部の人」という話なのだが、これも実はおうむ返しメソッドによる罠を仕掛けようとしていたのである。つまり、「殺人予告などするのは一部の人であって、2ちゃんねらーではない」という論法を受け入れるならば、たとえば「韓国人」「中国人」一般に対する嫌悪や、「極東アジア」とかいった「ひとくくり」の表現をすべて2ちゃんねらーは捨てねばならなくなるからだ。つまり、すべては個vs個の戦いとなり、「Naverですべて韓国起源だと主張している一部の人」を論拠に韓国人全体を批判することはできなくなる。

自分としては、一部の人メソッドが完全に悪だとは思っていない。むしろ、一貫してそれを使うのならば(たとえば「モナーを作りあげたのも一部のAA職人だから、自分たちは著作権的に関係ない」と切り離すのであれば)受け入れられる。つまり、疑似モヒカン的な発想として、実際にその発言をした人同士で話すのが筋だと思うので、2ちゃんねらー一部の人メソッドを駆使し、しかもそれを自分たちも守るというのであればそれはそれでいいと思っていたのだが、ご覧の通りのコメント欄の頭の悪いループっぶりにあきれ果てた。こういう切り返し技も「華麗にスルー」されるのだろうと思って、あちらではこの話を振るのを断念したわけだ。

で、おうむ返しメソッドを使うと「じゃあお前だって2ちゃんねらーとひとくくりにしてるのはどういうわけだよ」と突っ込まれるべきであるのだが、そこは簡単である。なぜなら、私は「2ちゃんねらー」の定義を「2ちゃんねる批判されると必死で反発したくなる=2ちゃんねる帰属意識がある人」とすでに書いている。これは単に肩書きなどで表層的に判断するレッテルではなく、実際に持っている考え方によって分類しているからである。たとえば、「共産主義者はキモイ」と発言するならレッテル貼りだが、「共産主義者は私有財産制を否定するが、それはおかしい」というように論じることは、レッテル貼りではない。なぜなら、共産主義思想には私有財産の否定が必ず含まれるからである。

Marco11Marco112007/03/25 08:27おお、まっつんもモヒカンだったのかよ!w